副社長の一目惚れフィアンセ

「ありがとうございました」

「いえ、こちらこそご迷惑をおかけして」

彼女に頭を下げながら前を向き直って歩き出した瞬間、大きな影に思い切りぶつかり、床に倒れ込む直前で手と膝をついた。

少し時間差があって私の全体重を受け止めた手と膝はじんじんと痛み出す。

今何にぶつかった…?

私の目には黒いスラックスが映り、目線を徐々に上げていったら、驚いたように私を見下ろす男性の姿があった。

戸惑ったまま立ち上がれない私に、彼はかがんで声をかけようとしてくれたんだろう。

彼が体勢を下げ、唇が動きかけたその瞬間に、後ろにいた男性がそれを制止した。

「副社長、急がないと間に合いませんので」

彼は背中を押されるようにして歩き始め、肩越しでチラッと私のほうを見てから、正面玄関前に止めてある黒い車に乗り込んだ。


いったい何が起きたんだろう。

よくわからないけど、彼は副社長と呼ばれていて、やたらと横幅の長い角張った車に乗って去っていった。

…え?副社長!?

呆然としていたら、桃田さんが四つん這いの間抜けな体勢の私を覗き込み、

「あの…大丈夫ですか?」

と声をかけてくれた。

「だ、大丈夫です。すみません、ボーっとしちゃって」

恥ずかしくて笑いながら立ち上がる。

まだ膝がジンジンと痛む中、上の階に行くエレベーターのボタンを押し、冷静にさっきの状況を考えてはたと気づく。

私…こっちの注意散漫のせいでぶつかったのに、副社長に謝りそびれた!