副社長の一目惚れフィアンセ

廊下に出てから、彼は私に向き合って丁寧に頭を下げた。

「先日は大変失礼いたしました。
新幹線の時間が迫っていて、とても急いでいたので」

彼は頭を下げたまま申し訳なさそうにちらりと上目で見て、こちらの様子をうかがっている。

思い出した。この人はきっと、私が転んだ時に副社長に声をかけた人だ。

あの時はもっと冷たい声のように聞こえたけど、そのくらい急いでいたということだろう。

「いえ。私のせいで余計な時間を取らせてしまって申し訳ありませんでした」

こちらも頭を下げると、彼は眉尻を下げて微笑んだ。

「謝る機会があれば謝りたいと思っていたので、またお会いできてよかったです。
まさか副社長の婚約者になられるとは思いませんでしたが」

「私もです」

意外にも温和な話し方だったことで警戒心がとけ、私が今している仕事についての些細な会話をしながら3階へたどり着いた。

「ロッカーでお着替えください。私はここでお待ちしておりますので」

「はい」

黒岩さんは壁の前で、寄りかかることもなくロボットのように立った。

ここでお待ちしてますって…女子ロッカールームのすぐ脇で待っているなんて怪しすぎる。

他の女性が来て彼が不審がられたらかわいそうだからと、急いで着替えた。

きちんと化粧直しをしている時間はないけど、今日は小綺麗な恰好をしてきていたから、その辺りはとりあえずよかった。

もしかしたら、このまま社長へ挨拶に行くのかもしれない。