副社長の一目惚れフィアンセ

車で約30分、3階建のアパートの前に到着した。

いったんエンジンが止まり、車内が明るくなる。

アパートの前にある街灯のランプは切れ気味で、ジーっと音を立てながら、ついたり消えたりを繰り返している。

こんなボロアパートに住んでいるのを知られるのは恥ずかしいと思ったけど、副社長は特に気にしていない様子だ。

「あの、今日はご馳走様でした。その上送っていただいて」

「いや、急ですまなかった」

シートベルトをはずし、カバンを手に取ってもう一度お礼を言おうと口を開きかけた私の腕を、彼は掴んだ。

真剣な眼差しが真っ直ぐに私を捉えて、鼓動が跳ねる。

「婚約の話、俺は本気だ。ゆっくり考えてほしいところだが、時間がない。
もう一度言う。俺と結婚してほしい。婚約者になってくれないか?」

掴まれた腕から脈動が伝わってしまっているかもしれない。

せっかくの整った目元が、眉を寄せていることで形のいい丸みを歪ませている。

やろうと思えば、『副社長命令』で強制的に私と婚約することだってできるだろう。

なのに、この人はそれをしない。あくまで私の結論を待っている。

出会ってまだ二日目、実際に会話をしたのは今日のほんの一時間程度。まだまだお互いに知らないことばかりだ。

だけど、誠実に向き合おうとしてくれるこの人に、どこか惹かれている自分がいるのを否めない。

この人が相手なら幸せになれると、なんの根拠もない安心感すら湧いている。

「…はい。よろしくお願いします」

頭を下げ、顔を上げた私の目に映ったのは、嬉しそうにくしゃりと笑う副社長の姿だった。