「…お母さんにとって私はなに?『詩織』と比べるだけの存在?」

『え?』

お母さんの突飛な声が電話越しに聞こえて、どんな顔をしているか想像がついてしまう。

きっと今、アルコールでよく回っていない頭はさらに回らなくなっているだろう。

「気づいてる?長い間ずっと、お母さんは『明里』の名前を呼んでないこと。15年間、『詩織』の名前ばかりを呼び続けていること。
お姉ちゃんみたいに出来がよくなくても、私は愛されたかった。お母さんに『明里』って呼んでほしかった」

絶句したように、電話越しの声はもう聞こえない。

不思議なものだ。

言葉にすることが怖かったはずなのに、こうして言葉にしたら、気持ちが楽になっていく自分がいる。

「お母さんにとって大事なのが『詩織』だけなら…『明里』はいらないなら、私はもうお母さんのところへは行かない。ごめんね、親不孝で」

声の聞こえないスマホのボタンをゆっくりと切った。

15年分溜まった大粒の涙が、次から次へと溢れ出る。

ナオの腕に包み込まれ、嗚咽を漏らして泣いた。

「頑張ったな、明里」

穏やかなナオの声は、私の黒く渦巻いていた心をすうっと溶かしていく。

認められたくて、愛されたくて必死にもがき続けてたわたしも、とっくに壊れていたのかもしれない。