「……お義母さん………?李紅に、なんの話しをしているの?」



バサリ、と床になにかが落ちる音がした。

先生から受け取った書類か何かだろうか。いつの間にか病室の入口に立っていた母さんの手からすり抜けたものだ。

俺はとっさに、不味い、と思った。

おばーちゃんが悪びれもせずにペラペラと喋った話は、母さんが12年前間俺に隠してきた話だったのだから。

母さんが醸し出すピリピリとした空気に、おばーちゃんはようやく自分がどうやら不味いことをしたらしいことを自覚したようで、目に見えて慌て出した。

「ま、まさか。春子さんあなた、話していなかったの?!だって中学生に上がったら李紅ちゃんにも全部話すって言ってたじゃない!」

「だからって、勝手に!」

二人は言い合いを始める。
聞いてしまったものは仕方ないのに。おばーちゃんには悪気も非もないのに。

だけど俺にはその言い合いを止める余裕もなかった。

ただ、ただ一つだけ教えて欲しかった。





「…………桜は、俺の姉さんなの?母さんが……捨てたの?」




母さんは黙りこくった。目を逸らした。

ああ、参ったな。
あれじゃあ肯定してるようなものだ。


となれば、真っ白でくらくら廻る頭が次に生み出す感情は、苛立ちだ。

俺はそれをやっとのことで押し込めて、ゆるゆると口を開いた。


「…………いつから、気づいてたの。桜が、その桜だって」


母さんは、目を合わせないままに、言った。

最初から、と。


ざわ、と身の毛が逆立つような憤りが、ビリビリとまるで電流みたいに身体中を駆け巡った気がした。

こんなにも何かに腹を立てたのは生まれて初めてのことで、どう抑えたらいいのか、全く分からない。


「…………桜は死のうとしたんだ」


やっと絞り出した言葉に、母さんは青ざめた。
そのことにも腹が立った。左手に麻痺がなければ、俺は母さんの胸ぐらに掴み掛かったかもしれない。


「…………………帰って」

「……李紅…………」

「帰れよ!」


俺のなけなしの理性が、このままだといけないと思った。このままここに居られたら、俺は母さんに手を上げるかもしれなかった。

現に俺は、生まれて初めて母さんを怒鳴った。
自分でも信じられないような醜く低い声だった。