「桜といえば、桜ちゃんは今どこで何をしてるのかしらねぇ」

花瓶の水を換えながら、おばーちゃんは思いついたようにそう呟いた。

その言葉の意味がいまいち分からず、俺はただ首をかしげた。

「なんでおばーちゃんが桜のこと知ってるの?」

おばーちゃんに桜の話はしてない。

もしかして、母さんか父さんがしたのだろうか。いやそれなら、今どこで何をしているのか、なんて聞くはずない。

まるで……昔から知っているかのような。


「……何言ってるの?李紅ちゃん」

今度は、おばーちゃんが首を傾げた。




「だって桜ちゃんは、あなたの四つ上のお姉さんじゃない」





胸の中、嫌な動悸が響く。


「…………俺にはお姉さんなんて、いないけど」


突拍子もない勘が、この声を震わせた。

向き合うおばーちゃんは、姉なんて居ないという俺の主張に、本気で怪訝そうな顔をした。


「……李紅ちゃん?忘れちゃったの?お姉ちゃんと言っても、お母さんと亡くなった前の旦那さんの子だけれど」

「ま、まって!母さんの……前の旦那さん……?亡くなったってどうゆうこと…?父さんと母さん、再婚なの………?」


頭が真っ白になる。

何一つ分からない。

母さんに、父さんより前にも旦那さんがいた……?ってことだろうか。しかも、子供が居た…………?

まさか、その子供って……………。


「まぁ李紅ちゃんが覚えていなくても、無理ないわね。桜ちゃんが12年前に行方がわからなくなった時、李紅ちゃんはまだたったの2歳だったもの」


おばーちゃんはそう言って少し悲しそうに眉をひそめた。自分がどうやら不味いことを言ったらしいことにも気づかず。


『私…家族が………居ないんです………。孤児院で育ちました………パパとママには……6歳の時に……多分、捨てられて…』


初めてうちに来た時、桜が泣きながら零した言葉を、嫌なタイミングで思い出した。


12年前。

俺が2歳なら、桜は6歳だ。
ちょうど、桜が両親に捨てられたと言う、その頃。
時を同じくして俺の種違いの姉が、事情は知らないが行方をくらませている。

ここまで話が出来上がっていて、この2人がもし、ただ同じ名前で同じ歳で、同じ頃に同じような境遇におかれただけの別人なら、俺は腹を抱えて笑っただろう。

それならきっと、この唇に少しだって笑みなんて込み上げてこないのは、俺の使いものにならない頭が弾き出した憶測が、疑うにはあまりにも真実味を帯びていたからだろうか。


ああだれか……頼むから。

映画の見すぎだ、そんなドラマみたいな話があるもんか、と笑って否定してくれ。