「桜ちゃん、せっかくだから夕食 食べていって」

ちょうど李紅の宿題が終わった頃、エプロン姿の李紅のお母さんがカウンター式のキッチンから顔を出した。

「そんな、悪いです」

「いいのいいの。桜ちゃん一人暮らしなんでしょう?遠慮しないで」

確かに一食分食費が浮くだけでもだいぶ助かるけど……。

そう思ってちらりと李紅を見やると、李紅は柔らかく微笑んで、「桜と夕飯食べれたら俺嬉しい」という天使のような言葉をくれ、お言葉に甘えることにした。



「おお李紅〜もう起きてていいのかぁ」

そう言ってのっそりと姿を現したのは、ダンディーな感じの整った顔に見合わない、ダボダボのスウェットを着た外国人さん。教えられなくても分かる、李紅のお父さんだ。

「ちょっと父さん!桜が来てるんだからしっかりしてよ」

「えっ…?」

李紅にそう咎められ、お父さんは初めて私の存在に気付いた。

「おお!君が噂の桜ちゃんかぁ」

「お、おじゃましてます………え、噂?」

「いや、家内から話は聞いてるよ。ゆっくりして言ってくれ。ところで、うちの李紅とはどう言った関係かな?」

「ちょっと、父さん!」

李紅は少し赤い顔をして、カーディガンの余った裾でぺちぺちとお父さんの背中を叩く。

───顔が赤いのが、熱のせいじゃなくて、私と同じ理由ならいいのに……。


不意にそんな事を考え、ふるふると首を振って「そんなわけない」と自分に言い聞かせた。

世の恋する乙女って毎日こんなことを考えているのだろうか。なにそれ、私には無理。


暫くして私たちはようやく食事を始めた。夕食は少し豪華な和食で。久しぶりに手間の掛かった料理を食べたような気がした。

隣で一人だけ柔らかくて消化に良さそうな雑炊を食べている李紅は、一口一口慎重に咀嚼しているから全然食事が進んでないけど、気分が悪くなったりはしてないみたいだ。


「李紅、最近学校はどうだ?」


お父さんの何気ない質問に、李紅は待ってましたとでも言わんばかりにぱぁっと顔を明るくした。

「聞いて、やっと友達が出来たんだ!」

まるで小さな子供のように嬉しそうに話す李紅。

「おおっ良かったじゃないか!」

「賢太郎くんて言うのよね。逞しくて優しくていい子だわ。ね、李紅?」

「うんっ」

そう笑った李紅は本当に心から嬉しそうな顔をしていて、それにつられるように李紅のお父さんとお母さんも笑顔になる。

李紅は本当に二人に愛されて育ったんだろうな、とその笑顔だけでも分かった。



───もしも私にもこんなお父さんとお母さんが居たら、こんなふうに笑顔で食卓を囲んでいたのかな。



そう考えたら、酷く自分が惨めに思えて、思わず俯いた。