「李紅、ただいまー!」


玄関先で大声でそう帰宅を知らせる。なるべく務めて、明るい声で。

返事はない。

いつもならどこかしらから「はーい」とか「んー」とか声が返ってくるけれど、今日はさすがに眠っているのだろう。

そっと、そっと、音を立てないようにしてリビングへと歩みを進める。



ふと、つんと鼻につく、嫌な匂いがした。


───え、吐いちゃったのかな………?

…………いやちがう、この匂いは……………………



血の匂いだ。




なんの知識がある訳でもないのに、嫌な予感が全身をびりびりと走った。思わずスーパーのビニール袋を床に落とす。

「李紅?!」

弾かれたように靴を投げ捨て、李紅が眠っているはずのリビングの扉を勢いよく開けた。



…………瞬間。 目に飛び込んできた光景に絶句した。



無意識によろよろと一、二本後退した。

何が、起きてるの。



目的の彼は居た。


ただ朝と違うのは、その体が寝かせていたはずのベッドからはずるりと落っこちていて。握らせていた携帯は手のひらを離れていて、床には、血が。

そう血が。

殺人現場だと言われても信じるような夥しい量の血が、床一面に水溜まりを作っていて、彼の薄い唇の端からその水溜まりへ、赤い糸が引いていた。



「………………へ?……」



自分で驚くほど間の抜けた声が出た。

ガクガクと、足が、肩が、勝手に震えだした。


ゆるゆると歩み寄った。

血溜まりの床にごろりと転がっているのは、ほんとうに李紅?

今朝笑って見送ってくれた、おんなじひと?


え、だって目を、開かないのに?

こんなに真っ白になって、笑わないのに?





「…………っ……」





何よりも正直に、涙が溢れ出した。
糸が切れたように、何の解決にもならないのに。涙でアタマの中までクチャグチャになっていく。



「吐いたの、李紅が。口から血を」



ハッキリと口に出してみたら余計に泣けてきた。どうにかしなくちゃいけないと、なにかしなくちゃいけないと分かってるのに、手が震える。