【桜 side】


別荘を出る頃には見えていた太陽が、濁った雲に覆われている。今にも泣きだしそうな空だ。

だけど、私が別荘へ帰る足を早めた理由は、そればかりではない。


さっき、駅前の薬局を出た時に、警察に話しかけられた。


警察は1枚の写真を見せてきた。李紅の写真だった。
この少年に見覚えはありませんか、と尋ねてきた。


まさか一緒に家出していることがバレたのか、と一瞬肝を冷やしたが、知らないと答えればあっさりと警察はお礼を言って私に踵を返し、次の瞬間には他の通行人に話しかけていた。どうやら、手当り次第に聞き込みをしているらしかった。

だからと言って、安心はできない。

警察がどこまで私たちの行方を追えたのかは知らないが、駅で聞き込みをしているということは、李紅がここを通ったこと、もしくは李紅がこのあたりに居ることを突き止めらている。


警察の手は、もうすぐそこまで来てる。


その手から逃れるためには、居場所を移さなくてはいけない。しかし今の李紅は、とても動かせる状態じゃない。


数日前から、李紅の体調はすこぶる悪かった。最初は熱の高さの割には食事もとれてたしおしゃべりで、なんならちょっと甘えてきてくれて嬉しい、というくらいだったのに。

ここ三日ほどの李紅は、40度を超える熱に魘され、ずっと朦朧としている。水分補給やトイレで何度か起きたが、次に目が覚めたらもう前に目が覚めた時の記憶は朧気で、日にちや時間を聞かれることも少なくなかった。

思えばまともな会話が出来たのは、李紅が私の手に擦り寄って「名残惜しいんだ」と言った、あの時が最後だ。



ぐっ、と唇を噛む。

…………李紅の身体でまたなにか、良くないことが進んでいるんだ。当たり前だ。この生活が、身体に障らないはずがない。


私はさらに足を早めた。