………ああ、これで最後なんだ。



このまま意識を吸われたら、もう目を覚ますことはないんだろうなとどこか冷静に思う。


怖いという気持ちはなかった。ただ言い様のない喪失感に襲われた。




………だって、分かってたじゃないか。


次の春は越えられないと、そう言われた時から。自分がどうしたって死ぬと。

分かっていたじゃないか。

こんな逃避行を続けたって、いつかは桜を独りにしてしまうだけだって。

…………分かっていたのに。



ねえ、どうして?


当たり前みたいに夏が来て、秋を通って、冬を越して、春が来るのに。

そこに俺はいないんだろう。


当たり前に恋をして、両想いだって嬉しくて。それなのに何にも言えずに俺は、俺はここでひとり。


これは罰だろうか。身勝手な俺への。


俺の事なんか忘れて幸せになれ なんて、そんな格好良いこと言えるほど大人じゃない。忘れられたくなかった。
だからあの晩桜を抱いて、俺の”おてつき”にした。忘れくても忘れられないように身体ごと。

ああ、分かってる、最低だ。悪いのは自分なのに、なんだか泣けてきた。余命一年と告げられた時でさえ、泣けなかったのに。



「……………っ………」



指先すら動かないのに、好き勝手に頬を伝う涙は、血溜まりの中に透明な模様を描く。


同じように桜は泣くだろう。きっと母さんも、父さんも、みんな泣くだろう。

母さんに酷いことを言った。詳しく事情も聞かずに怒鳴って、飛び出してきてしまった。

どんな理由があるかは分からないけど、どっちにしたって俺は謝らなきゃいけないのに。きっともう会えない。

父さんだって心配してる、賢太郎も浩平も太郎も、ゆうちゃんも、もう会えない。


そんなことが今、1番苦しい。



「最後まで、笑ってようって決めたのにな……」



呟いた言葉はもはや声になっていなかった思う。構わなかった。


笑えなくたっていいだろう。だってここにはもう、最後の笑顔を見ていてくれる人なんていないのだから。