あれからどれくらい経ったのだろう。
随分と暗くなった。運転手さんに時間を尋ねると、もう夜の9時を回っていた。
私たちはあのあと、とりあえず駅まで歩いて、タクシーに乗り、李紅のおばーちゃんの別荘に向かっている。
李紅のおばーちゃんは別荘の鍵を持ち歩く習慣がなく、庭の植木鉢に隠しているらしい。だから私たちはとりあえずそこに身を潜めることにした。
「お客さん、もうすぐ着くよ」
乗せてくれたタクシーの運転手さんは陽気な人で、私たちが乗ってすぐは「あんな田舎の山に若い男女二人でなんの用だい?駆け落ちかい?」なんて話かけては笑っていたけれど、1時間くらい前に李紅が眠ってしまってからは静かに運転してくれている。
「ありがとうございます」
「にしても本当にあの山に行くのかい?木ばっかりでなんにもないよ?」
「はい。山の上に彼の家の別荘があって、そこに」
「登るのかい?あの山を?お連れさん、顔色が悪いようだけど大丈夫かい。お客さんら恋人どうしだろう。なにか深い事情でもあるんじゃないの」
「………………いえ、彼は、弟なんです」
自分に念を押すように、敢えてそう答えてみた。
今でもまだ、信じられない。
あんなに憎んだ弟だと知っても、李紅に対して憎悪の感情は全く生まれなかった。
それより、幼い李紅へ浴びせた、「死んじゃえばいい」という言葉が、後ろめたくて仕方ない。
李紅が病気で死んでしまうのも、自分の言葉のせいのような気がしてならない。
それを李紅に言えば、きっとまたそんな訳ないって必死になって自分を責めるんだろう。だから言えない。
暫くして、タクシーが別荘のある山の、車が入れるギリギリの所で停車した。
「李紅、着いたよ。起きれる?」
肩を軽く叩いて起こすと、李紅はだるそうに目を開けた。
「結構暗くなっちゃってるけど、登れる?李紅」
「………大丈夫。車は入れないけど道はしっかりしてるんだ。春になると花見の名所らしくて、街灯もあるし」
そう言うと李紅は、運転手さんにお金を払い、手術した方の足を庇いながら私の少し前を歩き出した。



