経験からして、意識が飛んでたのは、そう長い時間じゃないはずだ。
そして、それは恐らく正解。
浮上した意識を集中させ、目を閉じたまま周囲を窺う。
「はあ!?」
私が寝てるから、小声で話す雅徳君の声が聞こえる。
「嫌になった、って…。自分で決めて、進学した学校だろ?」
「そうだけど!」
「しっ。一色が寝てるから」
「~~っ。雅くんは、私が心配じゃないの!?」
雅くん
「ハイハイ。そうだな、可愛い妹だからな。心配はしてる」
「うそ!私より、そのお嬢様の方が大事なんでしょう」
「花恋。いい加減にしないか」
やはり、彼女が花恋さんか。
ズキリ、と少し胸が痛む。
きっと私は、私を大事だと言って欲しかった。
「とにかく!私、学校には帰らない!ずっと雅くんといるから」
「無理だ。月曜には学校だろう。電車がある内に帰るんだ。この町からだと、半日はかかるだろ」
(のりちゃん、次の月曜は祝日だよ)
冷たく言い放った雅徳君のため息が響く。
そこで私は体を起こした。
「すみません、ご迷惑おかけしました」
カーテン越しに声をかければ、すぐに雅徳君が来た。
「一色!大丈夫か?状態は?」
「もう、目眩も頭痛もありません。不調はないので、問題ないかと」
「…そうか」
ほっと胸を撫で下ろす雅徳君。
目の前で倒れたのが余程、心臓に悪かったか。
あの雨の日の告白以来、私達の関係が変わることはなかったものの、少し素直に接しられるようにはなった。
「ねぇ、ところで…」
「ああ、従妹の花恋だ」
「あの制服、不二徳ですね」
「…そうだ」
私はベッドから立ち上がり、不満そうに立っている花恋さんの前に立つ。
「一色?」
怪訝な雅徳君の呼び掛けを無視して、私は花恋さんに微笑んだ。
「初めまして。わたくし、才崎一色と申します。中等部まで不二徳に通ってました。どうぞ、お見知りおきを」
「……」
反応のない彼女に、私はさらに笑みを深める。
「先程、神崎壱弥先輩より連絡がありました。あなたを探しておいででしたよ」
先輩の名前に、花恋さんがピクリと反応した。
「わたくしに話を聞かせては頂けませんか?」
私より少し低い身長の花恋さんが、顔を歪めて私を睨み上げる。
「あんただって、どうせ私が悪いって言うんでしょう!?勝手に向こうが来るのに!」
「あなたは、花恋さん。会長を、どうお想いです?」
「はた迷惑な俺様。」
「まあ、事実ですね」
「自己中!私のことなんて、考えてないんだから!おかげさまで私は学校から孤立!冗談じゃない。何で私が」
俯いた花恋さん。
どうやら会長は、周囲の反応を考えずに心のまま、動いてるらしい。
「……では、周囲の環境が、改善されれば良いのですね?」
「え?」
「私、のりちゃんが好きなんです」
「のりちゃん…?って、は!?」
「だから、いつまでも花恋さんがここに居ると困るんです」
という訳で。
「少し、行ってきます」
「「……は?」」
雅徳君と花恋さんが同時に目を丸くした。
*
「知ってたつもりだけど、意外とお前って行動派だよな」
流れる新幹線の景色を横目に、雅徳君が苦笑する。
「あら。先生はお留守番でもよろしかったんですよ?」
花恋さんがいるから、今の私は令嬢モードだ。
クスクスと茶化すように笑う私に、雅徳君はため息をこぼした。
「阿呆。ほっとけるか」
3人並ぶ席の真ん中で、雅徳君は私の頭をポンと撫でる。
それに、反対側に座る花恋さんが不服そうに唇を尖らすが、特に何も言わなかった。
私は触れられた体温に、少し照れ笑いをしつつ、スマホに目を落とす。
学園の友人達の反応を確認しつつ、移動時間で出来うる限りの手回しは行った。
「花恋さん」
「なに」
「会長のお家が、日本を代表するホテル王だとご存知ですか?」
「…一応」
「会長の弟、1年の役員、神崎壮司の婚約者、藤堂薫が元・会長の許嫁、というのは?」
「え?」
藤堂の家は日本の老舗旅館だ。
「神崎と藤堂の婚約を決める顔合わせの時、恋に落ちたのは、付き添いで来てた弟の壮司と薫でした。お互い一目惚れだと」
「え?じゃあ、」
「その場は勿論、会長と薫の許嫁の話だけで終わりました。問題はその後。家同士としては、兄と弟、どちらでも構いませんでしたし、会長も、薫に惚れた訳ではありませんでしたので。婚約破棄自体に問題があった訳ではありません。問題は、会長のプライドです」
「……」
「察してはいるでしょうけど、壮司は優秀な男です。年も近い兄弟なので、2人はいつも比べられて育てられました。薫が壮司を選んだ時、壱弥先輩がどれだけ傷付いたか、想像できるでしょう?」
「…だから、あんなに歪んだのね。って、だからって!」
「ええ。花恋さんに同情しろ、だなんて言いませんよ。そんなの、壱弥先輩が憐れです。ただ、あなたには、彼にも弱い部分があるのだと、知っていて欲しかったんです。初めての恋に浮かれて周りが見えていないお馬鹿さん、なんだと」
「は、初めて…?」
「まぁ、勿論。初めてかどうかは、本人にしか分かりませんけど。大体合ってると思いますよ」
その恋を成就させるか失うか、は本人次第だ。
そして、それは私も。
考えこむように黙った花恋さんに、それ以上話は振らず、私は視線を外に投げる。
「大丈夫か?」
「え?」
掛けられた言葉に、振り返り、隣を見上げれば、心配そうな雅徳君。
「ずっと下向いて、スマホ弄ってただろ。具合悪くしてないか」
「あ、ええ。大丈夫です。部外者ですからね。校舎と寮に入るのに手続きが必要なんですけど、友人の風紀委員に申請をお願いしたりしてたんです」
中等部の寮は希望制だが、高等部は全寮制だ。
「手続きは、恙無く完了したそうです」
「ふーん。お前、中等部で生徒会だったんだっけ?」
「はい。1年の頃より所属し、3年では副会長を。現在の高等部の副会長は、3年の不二 恭也先輩です。不二徳学園の理事長の孫です」
「……不二徳の名前の由来って」
「初代理事長の名前が、不二 徳保だからです」
「成る程」
頷く雅徳君の隣から「初めて知った…」と呟く声が聞こえる。
「学園について、聞きたいことがあれば今の内ですよ?花恋さん」
「……あんたはないの?」
「え?」
「雅くんについて、聞きたいことないの!?」
そんなの。
「沢山あります」
「おい」
真顔で答えたら、隣から突っ込みが入った。
「けど、自分で知っていきたいから、今は良いです。私のことを知ってもらいたいし、のりちゃんのこと、沢山知りたい。だから、」
私は、雅徳君を見上げる。
「沢山、お話してください。私の知らない、あなたを」
「一色…」
「はいはいはい!イチャつかない!!」
パンパンっ、と花恋さんが手を叩く。
「ところで、聞かなかったけど、2人は付き合ってないの?」
「残念ながら、告白の返事を貰ってません。それより、私も聞きたいんですが、花恋さんは、その」
「はぁ。私にとって雅くんは、お兄ちゃん。それはハッキリ言える。けど!」
花恋さんの人差し指が私に向く。
「大好きなお兄ちゃんを、そんじょそこらの女になんか、やらないんだから!」
「ええ。勿論。分かってますわ」
全く。本人を間に挟んで、何をしてるのか。
私と花恋さんの笑い声に、雅徳君の本日何度目か分からないため息が響いた。
「(…返事を、させなかったのは、お前だろう。一色)」
そして、それは恐らく正解。
浮上した意識を集中させ、目を閉じたまま周囲を窺う。
「はあ!?」
私が寝てるから、小声で話す雅徳君の声が聞こえる。
「嫌になった、って…。自分で決めて、進学した学校だろ?」
「そうだけど!」
「しっ。一色が寝てるから」
「~~っ。雅くんは、私が心配じゃないの!?」
雅くん
「ハイハイ。そうだな、可愛い妹だからな。心配はしてる」
「うそ!私より、そのお嬢様の方が大事なんでしょう」
「花恋。いい加減にしないか」
やはり、彼女が花恋さんか。
ズキリ、と少し胸が痛む。
きっと私は、私を大事だと言って欲しかった。
「とにかく!私、学校には帰らない!ずっと雅くんといるから」
「無理だ。月曜には学校だろう。電車がある内に帰るんだ。この町からだと、半日はかかるだろ」
(のりちゃん、次の月曜は祝日だよ)
冷たく言い放った雅徳君のため息が響く。
そこで私は体を起こした。
「すみません、ご迷惑おかけしました」
カーテン越しに声をかければ、すぐに雅徳君が来た。
「一色!大丈夫か?状態は?」
「もう、目眩も頭痛もありません。不調はないので、問題ないかと」
「…そうか」
ほっと胸を撫で下ろす雅徳君。
目の前で倒れたのが余程、心臓に悪かったか。
あの雨の日の告白以来、私達の関係が変わることはなかったものの、少し素直に接しられるようにはなった。
「ねぇ、ところで…」
「ああ、従妹の花恋だ」
「あの制服、不二徳ですね」
「…そうだ」
私はベッドから立ち上がり、不満そうに立っている花恋さんの前に立つ。
「一色?」
怪訝な雅徳君の呼び掛けを無視して、私は花恋さんに微笑んだ。
「初めまして。わたくし、才崎一色と申します。中等部まで不二徳に通ってました。どうぞ、お見知りおきを」
「……」
反応のない彼女に、私はさらに笑みを深める。
「先程、神崎壱弥先輩より連絡がありました。あなたを探しておいででしたよ」
先輩の名前に、花恋さんがピクリと反応した。
「わたくしに話を聞かせては頂けませんか?」
私より少し低い身長の花恋さんが、顔を歪めて私を睨み上げる。
「あんただって、どうせ私が悪いって言うんでしょう!?勝手に向こうが来るのに!」
「あなたは、花恋さん。会長を、どうお想いです?」
「はた迷惑な俺様。」
「まあ、事実ですね」
「自己中!私のことなんて、考えてないんだから!おかげさまで私は学校から孤立!冗談じゃない。何で私が」
俯いた花恋さん。
どうやら会長は、周囲の反応を考えずに心のまま、動いてるらしい。
「……では、周囲の環境が、改善されれば良いのですね?」
「え?」
「私、のりちゃんが好きなんです」
「のりちゃん…?って、は!?」
「だから、いつまでも花恋さんがここに居ると困るんです」
という訳で。
「少し、行ってきます」
「「……は?」」
雅徳君と花恋さんが同時に目を丸くした。
*
「知ってたつもりだけど、意外とお前って行動派だよな」
流れる新幹線の景色を横目に、雅徳君が苦笑する。
「あら。先生はお留守番でもよろしかったんですよ?」
花恋さんがいるから、今の私は令嬢モードだ。
クスクスと茶化すように笑う私に、雅徳君はため息をこぼした。
「阿呆。ほっとけるか」
3人並ぶ席の真ん中で、雅徳君は私の頭をポンと撫でる。
それに、反対側に座る花恋さんが不服そうに唇を尖らすが、特に何も言わなかった。
私は触れられた体温に、少し照れ笑いをしつつ、スマホに目を落とす。
学園の友人達の反応を確認しつつ、移動時間で出来うる限りの手回しは行った。
「花恋さん」
「なに」
「会長のお家が、日本を代表するホテル王だとご存知ですか?」
「…一応」
「会長の弟、1年の役員、神崎壮司の婚約者、藤堂薫が元・会長の許嫁、というのは?」
「え?」
藤堂の家は日本の老舗旅館だ。
「神崎と藤堂の婚約を決める顔合わせの時、恋に落ちたのは、付き添いで来てた弟の壮司と薫でした。お互い一目惚れだと」
「え?じゃあ、」
「その場は勿論、会長と薫の許嫁の話だけで終わりました。問題はその後。家同士としては、兄と弟、どちらでも構いませんでしたし、会長も、薫に惚れた訳ではありませんでしたので。婚約破棄自体に問題があった訳ではありません。問題は、会長のプライドです」
「……」
「察してはいるでしょうけど、壮司は優秀な男です。年も近い兄弟なので、2人はいつも比べられて育てられました。薫が壮司を選んだ時、壱弥先輩がどれだけ傷付いたか、想像できるでしょう?」
「…だから、あんなに歪んだのね。って、だからって!」
「ええ。花恋さんに同情しろ、だなんて言いませんよ。そんなの、壱弥先輩が憐れです。ただ、あなたには、彼にも弱い部分があるのだと、知っていて欲しかったんです。初めての恋に浮かれて周りが見えていないお馬鹿さん、なんだと」
「は、初めて…?」
「まぁ、勿論。初めてかどうかは、本人にしか分かりませんけど。大体合ってると思いますよ」
その恋を成就させるか失うか、は本人次第だ。
そして、それは私も。
考えこむように黙った花恋さんに、それ以上話は振らず、私は視線を外に投げる。
「大丈夫か?」
「え?」
掛けられた言葉に、振り返り、隣を見上げれば、心配そうな雅徳君。
「ずっと下向いて、スマホ弄ってただろ。具合悪くしてないか」
「あ、ええ。大丈夫です。部外者ですからね。校舎と寮に入るのに手続きが必要なんですけど、友人の風紀委員に申請をお願いしたりしてたんです」
中等部の寮は希望制だが、高等部は全寮制だ。
「手続きは、恙無く完了したそうです」
「ふーん。お前、中等部で生徒会だったんだっけ?」
「はい。1年の頃より所属し、3年では副会長を。現在の高等部の副会長は、3年の不二 恭也先輩です。不二徳学園の理事長の孫です」
「……不二徳の名前の由来って」
「初代理事長の名前が、不二 徳保だからです」
「成る程」
頷く雅徳君の隣から「初めて知った…」と呟く声が聞こえる。
「学園について、聞きたいことがあれば今の内ですよ?花恋さん」
「……あんたはないの?」
「え?」
「雅くんについて、聞きたいことないの!?」
そんなの。
「沢山あります」
「おい」
真顔で答えたら、隣から突っ込みが入った。
「けど、自分で知っていきたいから、今は良いです。私のことを知ってもらいたいし、のりちゃんのこと、沢山知りたい。だから、」
私は、雅徳君を見上げる。
「沢山、お話してください。私の知らない、あなたを」
「一色…」
「はいはいはい!イチャつかない!!」
パンパンっ、と花恋さんが手を叩く。
「ところで、聞かなかったけど、2人は付き合ってないの?」
「残念ながら、告白の返事を貰ってません。それより、私も聞きたいんですが、花恋さんは、その」
「はぁ。私にとって雅くんは、お兄ちゃん。それはハッキリ言える。けど!」
花恋さんの人差し指が私に向く。
「大好きなお兄ちゃんを、そんじょそこらの女になんか、やらないんだから!」
「ええ。勿論。分かってますわ」
全く。本人を間に挟んで、何をしてるのか。
私と花恋さんの笑い声に、雅徳君の本日何度目か分からないため息が響いた。
「(…返事を、させなかったのは、お前だろう。一色)」
