「ねぇ、ねぇ、栗山さん!」


そういえば。

私は、雅徳君のことを全然、知らない。


「のりちゃん先生の、歴代の彼女さんって、どんな人達だった?」


「え?雅徳君の彼女?いたこと、ないけど」


「……え? えぇぇぇーー!!?」


とある夏の土曜日。

静かな診療所の待合室に、私の驚きの声が響いた。


私はハッと口を押さえて頭を下げる。


「ごめんなさい」


「ふふ、良いのよ。驚かせて、ゴメンね」


「……いえ、それより。どういうこと?」


「私の知ってる範囲で言うなら、雅徳君は恋人を作ったことはないよ」


幼なじみの栗山さんは、東京の大学を出た雅徳君とは違い、地元で進学した。

だから確かに大学時代の彼は知らないものの、栗山さんの旦那さん──も、幼なじみだ──は、違う大学だが、東京に進学してた。

旦那さんの情報を合わせた上で、「彼女がいたことない」との判断だろう。

もし、大学時代、雅徳君に彼女が出来てたら、きっと彼女の耳にも入ってるから。


「な、なんで…?」


モテない訳、ないのだ。

彼が。


「告白を、されたことは何度かあるよ。でもオッケーしたことはないし、誰かに告白をしたこともないからね。雅徳君はね、恋愛が理解できないってタイプ。恋してる暇があるなら勉強、って感じ。そう言う意味では、他人に興味ないって人間」


「…………」


それは、つまり。


「私、スタートラインにも立ってない…?」


愕然と呟いた私の言葉に、栗山さんは「あはは」と笑い声を上げる。


「さぁ?それは、まだまだ分からないよ?だって、一色ちゃんは、簡単には諦めないでしょ?今までそんなガッツがあった子…あ」

「いるんですか!?」


不自然に固まった栗山さん。

ばつが悪そうに目線を泳がせた。


「雅徳君の従妹ちゃんがね」


従妹?初耳だ。


「一色ちゃんと同い年なんだけど」


少なくとも、学校で会ったことはない。はず。ということは、この町にはいないのか?


栗山さんは小声で、周囲を窺いながら教えてくれた。


「恋愛対象としてなのかは謎だけど。結構、雅徳君になついてて、ね。高校は都会の私立に奨学生として行ったんだけど、夏休みには帰ってくると思うよ」


私と入れ違い、だったのか。

夏休み…

きっと、会うことになるだろう。


(……不安だ)



















今日は体調も悪くなく、天候としても、歩くのに丁度良い気候だった。

少し、雅徳君の従妹さんについて考えたかった私は、歩いて帰りながら思考に更ける。

そんな私とすれ違うように、正面から高校生が1人、歩いて来た。

肩位まで伸びた柔らかそうな茶髪に大きなハッキリした目。小柄な可愛い系だ。

そして、


(あの制服は、)


白いブレザーに白のラインが入った黒のスカート。
我が母校の、不二徳学園の高等部の制服だ。

ちなみに、こっちの私の高校は普通の紺色ブレザーである。


『都会の私立に奨学生として』


(まさか)


彼女が、雅徳君の従妹か。

彼女が進む先、私の来た道の先にあるのは私が今出て来たばかりの橘診療所。


立ち止まった私の横を、彼女は気にせず通りすぎる。


もし、仮に彼女が雅徳君の従妹として。

なぜ、こんな中途半端な時期に帰省してきたのか。


(……気になる)