夕陽に染まった恋

突然であるが。
私にとって、おばあちゃんは憧れの人だ。

おばあちゃんが、この町に住んでる理由は、おじいちゃんとの思い出の町だから。

その昔、私の祖父母は、周囲に結婚を反対された2人だった。

それでも2人は諦めず、しかし、結果として駆け落ちをするしかなかった2人が暮らした町がここ。

右も左も分からない知らない土地で、しかも自分の身の回りを世話してもらうのが普通の、お坊ちゃんお嬢様だった2人は大層、苦労をしたそうだ。

しかし、この町で暮らした時間は、2人にとって、何よりも輝いた宝物の日々だった。

そう、懐かしみながら思い出話を語るおばあちゃんのキラキラした目が、私は好きだ。

ちなみに、結婚を反対してた周囲が2人の駆け落ちという結果に、どう結論を出したかと言うと、最終的には、祖父が祖母の家の婿になり、才崎の当主を祖母とする。という形で譲歩したそうだ。

祖母は一人娘で、兄弟はいなかった。
元々、祖母には婚約者がいて、その人が婿として才崎に入り、家を継ぐ予定だった。

しかし、祖母は才崎のライバルだった家の次期当主である祖父と恋に落ちた。

まるで、和製版ロミジュリだ。

祖父は実家から勘当されたが、それが逆に才崎に婿養子として認められる結果となり、表面上はハッピーエンドを迎えた。

祖母の元婚約者とも、和解は成功したらしい。

そして、何度も数々のピンチを乗り越え、2人は幸せを掴んだのだ。

そんな2人を、孫として尊敬するし、誇りに思う。



「…表面上、は?」

私の語った表現に、雅徳君が訝しがる。

「ええ。だって、結婚はゴールではないでしょう?ハッピーエンドだと断言出来るのはきっと、その人生が終わりを迎える時だと思うんです。ああ、幸せな人生だった、そう言えて初めて、ハッピーエンドだと」

「成る程。一理あるな」

「ただ、語る上での、一つの区切りと言うか、結末として、ハッピーエンドと言える結果を掴んだな、と」

「確かにそうだな。お前の祖父母は、障害を乗り越え、想いを形にした。周りに流されず、離別ではなく共にあることを守りきったのだから」

「ええ!そうなんです!」


ズイ、と私は、隣の雅徳君を見上げた。


私を送って、そのまま、おばあちゃんのお昼ご飯を食べに家に寄った雅徳君は、私のおばあちゃん語りに付き合ってくれている。

おばあちゃんは今少し、キッチンへ行っていた。


「私は祖父を知りません」


私が生まれた時には、亡くなっていた。


「しかし、祖父の遺した“幸せだった”という祖母あての手紙は拝見したことがあります。私は、祖父に幸せだったと言われた祖母に憧れを抱いているのです」

「ホー。にしても、お前」

「はい?」

「二三代さんの話になったら、キャラ変わったな」

「!」

つい、夢中になってしまっていたことに、今さら恥ずかしくなる。

「そ、そうですか?」

別に、キャラを普段偽ってる訳でもないが、東京の実家では一応“お嬢様”として求められる振る舞いを意識してた。

これも私の一部だが、雅徳君は好きじゃないかもしれない。


「ああ。まぁ、気にしないが」

「えー、そこは気にして下さいよー!」

「はいはい」

内心ホッとしながら、むくれた私の頭を雅徳君は軽くあしらうようにポンポンと撫でた。


「ひいろー」
「あ、おばあちゃん」


おばあちゃんが私を呼ぶ声が聞こえて、私は立ち上がる。


「先生、少し待ってて」

「悪いな」

「いいえ」




キッチンに向かうと、おばあちゃんにお盆に乗ったお茶のセットを渡される。

「一色。先生にお茶をお出しして」

「分かったわ、おばあちゃん」

「ご飯ももう運ぶから」

「手伝うよ。とりあえず、お茶いれてくる」

「ああ、お願いね」

受け取ったお盆を持って、部屋に戻る。




「あ、」


閉めてきた襖を前に私は固まった。

お盆の上には、3人分の湯飲み茶碗と、急須、お茶の葉が入った茶器が乗っている。

下手に傾ければ、及ぶ被害は目に浮かぶ。


(開けてもらうのが、正解。か)


足で開ける訳には流石にいかない。
そこそこの重さのお盆を無理に片手に持ち変えて落とすよりは、素直に襖を開けてもらおう。

廊下にお盆を置けば良い、という発想は残念ながら、なかった。

「の、」

呼び掛けようとした瞬間、目の前で襖が開いた。

「! のりちゃん先生」
「何してるんだ」

雅徳君は私の手から、お盆を攫う。

「あ、ありがとう」

「他にも運ぶのあるか?」

「だいじょ、」

「何を、おっしゃいますか、先生。お待たせして申し訳ありません。先生は座ってお待ちになって下さい」

私の背後には、いつの間にか、おばあちゃん。

「さぁ、一色。早く先生にお茶をお出しして、手伝ってちょうだい」

「はい、おばあちゃん。ほら、のりちゃん先生。ありがとう。座って?」


おばあちゃんはテキパキとお盆から食器をテーブルに並べ、キッチンに戻った。

「…すまん」

大人しく座った雅徳君に、私は手早く番茶を準備する。

「いいんですよ。お客様ですから」

ニコッと笑って、雅徳君の前にお茶を置いた。

雅徳君も、番茶の香りに、ニコリと笑う。

「ありがとう。一色のいれる番茶と、二三代さんのご飯が1週間頑張ったご褒美だ」

「何を素直に言ってるの、珍しい!それに毎週、来てる訳でもないでしょう」

クスクス笑い、私はおばあちゃんの手伝いにキッチンに向かう為に、襖に手をかける。


「のりちゃん。いつか、私の作ったご飯も、美味しいって言わせるから」


片手を襖に添えながら、振り向きざまに、宣言した私に、雅徳君は「はいはい」と湯飲みを手に取った。



いつか、絶対。


まだ何も、諦めるつもりは、ないから