夕陽に染まった恋

もうすっかり、夜である。

到着した時は、夕暮れになる前だった。


(のりちゃん、ご飯食べたかな)


私は何だかお腹が空かない。

一段落するまでは、食事を摂る気にならないな。



風紀委員室のドアをノックする。

中から委員長の入室を許可する返事が聞こえた。

私は「失礼します」と、ドアを開ける。


風紀の聴取は終了してるようだ。

委員長は既に、自分の仕事なのだろう書類を片付けている。

向かい合うように座る花恋さんと新聞部の舞桜は、会長に関するインタビューをしているのだろう。

根掘り葉掘り聞く、容赦のない舞桜のインタビューで、花恋さんに対する学園の生徒達の目が変われば良い。

肝心の会長には、後でお灸を据えるので、これからは彼女とは適度な距離感を保ち、仕事を疎かにすることはないはずだ。


奥の給湯室からちょうど皆川が人数分のコーヒーをお盆に乗せて出てきた。

入り口に立ってる私に気付いた皆川が壁掛けの時計を見上げる。


「もう、こんな時間ですか。才崎も何か飲む?」

「いや。私はいい。それより」


私は目線を、耳にイヤホンを入れながら、風紀のパソコンに向かってキーボードを叩いてる雅徳君に向けた。

その目線に気付いた皆川が「ああ」と頷いて、説明をする。


「手伝いを申し出て頂いたので、聴取の内容を文章に纏めてもらってるんだ」


そう説明をしながら皆川がコーヒーを配る。

マグカップを置かれ、顔を上げた雅徳君が、私に気付いてイヤホンを外した。


「お疲れ様です。お手伝いして頂いて、ありがとうございます。夕飯はまだですか?」


雅徳君が口を開く前に、私は先に確認したいことを聞いた。

そんな私を雅徳君は手招きして呼ぶ。

私は素直に椅子に座ってる雅徳君に近寄った。

雅徳君は黙ったまま、私に手を伸ばす。


「……顔色、悪いな」


私は、ポツリと呟いた雅徳君のその言葉を聞き流し、目を閉じて、頬に触れる手に、無意識に擦り寄った。


そんな私のことはお構い無しで、雅徳君はすっ、と手を滑らせ、私の首元に指を当てる。


何てことはない。
ただの脈拍の確認と、体温の確認だ。


ゆっくりと目を開ければ、私を下から覗き込んでる雅徳君の目と視線が絡む。


「…のりちゃん、先生」

「俺が手伝ってた作業は完了だ」

「……皆さん、この様子ではお食事がまだですね。一度、休憩にしましょう」

「お前もだ」

「…はい」


雅徳君の手が、私の髪を撫でてから、離れた。


私は短く深呼吸し、くるりと部屋を見渡した。目が合った舞桜に、インタビューの進捗具合を訊ねる。


「良い記事が出来そうですわ。一色のコメントも一緒に載せます。学園を離れたとは言え、あなたの一言は大きいですからね」


「ええ。お願いね」


伊達に、元副会長ではない。と言うことか。


花恋さんはぐったりした様子だが、心なしか、すっきりした様子だ。


「早速、作業を始めますわ。それではまた」

「ありがとう、舞桜。無理のないようにね。じゃあ、また」


舞桜が部屋を出た瞬間、花恋さんは机に突っ伏してしまった。

「つ、疲れた」

「お疲れ様です。花恋さん。思いのまま吐き出せましたか?」

コクリ、と首肯した花恋さんがテーブルのマグカップに手を伸ばす。

彼女は一口飲んでから、ポツリ、と「お腹すいた」と呟いた。

それに、委員長が手を止め、「もう良いぞ」と退室の許可を出す。

そして委員長の目が私に向いた。


「才崎。今晩、どうする気だ?」


今日中に帰るのは厳しそうだ。


私は雅徳君に目線を合わせる。
そういえば、彼はまだ帰らなくて良いのだろうか。


「俺は明日中に帰れれば良い。一晩位、ホテルでも何でも探せるから大丈夫だ」


「では明日、一緒に帰りましょう」


「お前は?」


「そうですね……、いざとなれば寮の空き部屋を借りるなり、実家に帰るなり、どうとでもなります」


でも、まあ。恐らく、このままだと、ギリギリまで生徒会の手伝いをして、生徒会室の仮眠室かな。


「今、決めろ。でないと才崎、限界まで働くだろ」


おや、委員長。よくお分かりで。


笑って誤魔化そうとしたら、雅徳君が私の名前を呼ぶ。


雅徳君の強い眼差しは、私の無茶を許さない。


「……寮の空き部屋を、お借り出来ませんか?」


とりあえず、一番手っ取り早いのは、そこだろう。


委員長が、私の回答に頷いて、皆川にアイコンタクトをする。


「……一部屋ならすぐ用意できます。二部屋だと厳しいですね」

「そうか」

「なら、委員長。わたくしは友人の部屋に泊めてもらいますので、橘先生にその部屋を利用してもらってください。先生、外に出ると、明日また戻って来る時に面倒な手続きをする必要が出てきます。不自由かもしれませんが、今晩はぜひこちらの空き部屋をご利用くださいませ」


雅徳君の眉間にしわが寄る。

寮の部屋が嫌な訳ではなくて、私の心配だろう。

しかし、この学園の迷惑にはなりたくないから、迷ってる。

そんな雅徳君に、委員長が口を開いた。


「確かに、その方がこちらとしては都合が良いな。ドクター橘。いかがだろうか?」


そこまで言われて断る訳にはいかない。


「その方がそちらの都合に良いなら、俺はそれで構わない。すまないが、部屋をお借りしよう」


皆川が「手配してきます」とさっそく部屋を出る。


「この時間なら、食堂も人が少ない。このメンバーでも目立たないだろう」


委員長が書類を机の端に固めて立ち上がった。


「遅くなったが、夕飯にしよう」