小学校1年生の夏休みのことだ。
その夏、私は田舎にある父方のおばあちゃん家に預けられていた。

普段、家や学校では「いい子」でいようと意識していた私。

けど、おばあちゃんの田舎では、そんなこと忘れて、ただの子供でいられた。

ある日の夕方、近くの林で遊んだ帰り道。暗くなる前に帰らなきゃ、と焦って駆け出した私は、道で盛大に転んだ。

突然のことに驚いた私は、ただただ、ギャンギャンと泣きわめいた。

しかし、周りに人はいない。

当時、携帯なんて持ってない。
持ってても、おばあちゃんに電話をして迎えに来てもらう、なんて発想は浮かばなかっただろう。

私は、痛みと孤独で泣きながら、止まらない涙に、もう何がなんだか分からなくなって、パニックだった。

そんな時、キキッと、すぐ横で自転車が止まった。


「どうした?迷子?…いや、転んだのか」


残念ながら、当時の私は自転車が止まったことも、声をかけられたことも、その時すぐ気付かなかった。


「おいで。近くに公園がある」


ヒョイ、と突然抱えあげられ、私はビックリして涙が止まる。

「!?」

「お。泣き止んだな」

優しく笑う、男の子。

大人の男の人じゃないけど、学生服を着たその人は、当時の私にとっては、大人の人だった。

その人は、私を抱えたまま歩き出す。

「っ、じ、てん」

泣き止んだとは言っても、一歩間違えば過呼吸になりかねない位、息は乱れてた。

そんな中、絞り出した言葉は、私のせいで置いてきぼりになる自転車の心配だった。

「ふは。大丈夫。大丈夫だから、ゆっくり息しろ。……そうそう、上手。いい子だな」

彼は、トントンと優しく背中を叩き、呼吸のリズムを整えてくれる。


公園が近くにあったのは知ってた。

けど、少し人見知りの私は、同世代の子ども達が集まる公園で遊ぶことはなかった。


あっという間に、公園に到着する。

公園の水道で、怪我をした膝と手のひらを洗ってもらい、ハンカチで拭いてもらった。

そして、背中に背負ってた通学鞄の中から小さい殺菌消毒薬を取り出して、私の傷に振りかける。


「っ、」

「おー、泣かないの偉いな」

若干、棒読みで私を褒めながら、手早く絆創膏を貼った。


「まぁ、とりあえず。こんなもんだろ」

「ありがとうございます」


大分落ち着いた私は、冷静にお礼を言った。

それに彼は、「お」と目を丸くして、嬉しそうに口角を上げる。

「大丈夫そうだな」

わしゃわしゃと私の髪を撫でて、「近所か?」と訊ねた。

「おばあちゃん家にお泊まりしてるの。1人で帰れるよ」

「いや。ここまでしたら、最後まで送るよ。俺、雅徳ね」



まさのり

雅徳君、か。

そう名乗った彼に、私も名前を言う。



「私はね、ひーろ」

「ひーろ?」

「ひいろ!」

「そうか。帰ろうか、ひいろ」

「うん!のりちゃん!」

「……のりちゃんは、やめろ」

「だめ?」

雅徳君、は少し言いにくかったんだ。

雅徳君は、はぁとため息を吐いて、私を再び抱えあげた。



「…自転車」
「大丈夫。取りに行こう」




雅徳君はもう一度自転車の所まで戻る。


「私、歩けるから」

「はいはい」

雅徳君は器用に私を片腕で抱えたまま、自転車を押した。

当時、小柄とはいえ普通に私を抱えながら移動するのは重かったと思う。

けど、雅徳君はそんなこと顔にも出さずに平然と歩きながら、私に家の場所を聞きながら道を進む。




「ありがとう!のりちゃん!!」

「……いいよ、もう。のりちゃんで」




夏の夕暮れの田んぼ道、彼の腕の中で私は、初めての恋をした。