「なぁ、つまりはアンタ、暇なんだろ?」


背中越しに聞こえたそんな言葉に、幾分頭痛めいたものをこめかみに感じてしまう。


ひどく落胆するように肩を落としてため息を混じらせたその刹那、捕えられたのはあたしの腕。



「…えっ、ちょっ…」


戸惑うようにあたしを掴んだ手を上へと辿ろうとした時にはすでに遅く、引っ張られるようにして走り出した男に手を引かれる格好になった。


そのまま走るように階段を降り、当然だがあたしの足はもつれ、前を行く彼の頭だけが、跳ねるように風を切っている。


ダッシュなんて一体何年振りなのかも思い出せなくて、日頃の運動不足も祟るように、数秒であたしの息は上がってしまう。


これは本当に、明日の朝刊の一面記事だ。







「いい加減にしろよ!」


無理やりにその手を振り払うことが出来たのは、歩道橋を降りて数十メートルは離れたくらいだろうか、いつの間にやら景色は並木通りへと変わっていた。


はぁはぁと肩で息をしながら睨み上げてみれば、だけども振り返った彼に反省の色は伺えない。



「ほら、俺もこの通り暇してるしさ。
暇人同盟ってことで、デートでもしようぜ。」


頭のおかしいナンパ男に軽くラチられた現実に、“マジ勘弁”とあたしは、途切れ途切れに言葉を紡ぐことしか出来なかったわけだけど。


イキナリ走ったりして、あたしが心臓疾患の患者とかだったらどうするんだよと、そこまで言ってやりたかったけど、でも実際は、捲くし立てるほど呼吸を整えることは出来ていないまま。



「何であたしが、アンタみたいなのとデートしなきゃなんないの?」


「ところでネーチャン、名前は?」


「聞けよ、人の話!」


「いやいや、俺が名前聞いてんだから答えろよ。」


「答える義理なんかないから。」


本気で頭が痛くなってきて、軽く言い争うあたし達を通行人は、不審そうな目で伺うのみ。


聞こえないように舌打ちを混じらせてみても、男の顔色が変わることはないのだから、嫌になる。