「…何で?」


「止めるよね、普通。」


「あぁ、死ぬフリしてみんなに心配して欲しいタイプ?」


「違うし、死ぬかよ。」


口元を引き攣らせてそう言ってみれば、彼は“何だ、つまんねぇ”と、そう口をすぼめた。


人が自殺するところを見たいだなんて絶対頭がおかしいし、こんなヤツに話し掛けられて、ともすればあたしは、コイツに殺されて新聞記事を飾るとも限らないのだから。


そう、頭の中で順序立てて整理してみれば、立ち去るのが無難だと思いあたしは、無言のままにきびすを返した。



「あれ?
自殺、やめちゃうの?」


「だからさぁ、あたしは死ぬつもりなんかないって。」


真っ直ぐに伸びた歩道橋の上で、カツカツとあたしのヒールの音が響き、その後ろからは男の白蛇柄のレザーブーツの足音が、追いかけるように小走りに響いていた。


吐き出した吐息は幾分白く、冬ももう、すぐそこまで迫っているということだろう。



「へぇ、残念。」


「…アンタ、何でそんなにあたしに死んで欲しいの?」


足を止め、そして顔だけで振り返って問うてみれば、やっぱり彼の不敵なそれは崩れてはいないまま。


この男、言葉尻は柔らかくおどけているようだが、実際はひどく挑発的な瞳であたしを捕らえているのだ。


だからこちらも無意識のうちに、睨むように眉を寄せてしまうのだけれど。



「別に、死んで欲しいわけじゃなくて。」


「…じゃあ、何?」


「だって、人が自殺する瞬間とか、一生のうちでも拝める機会ってそうはないだろ?」


「だから見たかった、って?」


「そう。」


答えを聞いて、改めて頭のおかしい男だと再認識させられた。


それと同時に絶対にこれ以上関わったら良いことになんかならないだろうなと思い、あたしは再び足を踏み出した。