あの日、私は死んだ。

本は私の夢で、趣味で、全て。

でも、仲のよかった友達に嫌われて、
暗いからって、イジメにあった。

私には、本しかなかった。

頭の中での自分は、
流暢な喋り方で、性格も明るくて、人気者。

だけど、

結局現実じゃ、"やめて"の一言も言えなくて。

いつの間にか世界から切り離されていた。

友達もいらない。

別に彼氏もいらない。

私には、本さえあればそれでいいんだ。


帰りのSHRが終わり、クラスメート達が動く。

「ねぇ、帰りパンケーキ食べてこーよ」
「いいね〜」

「部活行こうぜー」
「もうそんな時間かよ」

「田中の授業まじウケたんだけど〜」
「それな〜」

そんなクラスメート達の輪に、私は入れない。

別に今はいじめられてる訳でもない。
ただ、パンケーキだとか部活だとかよりも、
私には行かなければならない所がある。

「お、夜山丁度いい所に!」
「ぇ」

教室から一歩出た瞬間、
担任の柴田先生に止められる。
...早く図書室に行きたいんだけどなぁ...

「すまーん、
これ職員室まで持ってきてくれないか?」
「は、はい...分かりました」

柴田先生は、男前で生徒思いな女の先生だ。
ちなみに担当は国語。
よく私とも本の話をしてくれて、
校内でも人気が高い。

「夜山、友達出来たか?」
「だ、第一声が...それ、ですか...」
「来年高3になって、卒業だぞ?良いのか?」

本が読めれば良い、とは言わずに

「は、はい。頑張ります...」

と、ぎこちなく笑う。

「そうか、頑張れよ!」

横で先生のポニーテールが揺れる。

その後は、本の会話をして職員室まで行き、
ついでに飴をもらって図書室へ歩いた。

「1,2!」

「「「1,2!」」」

廊下と接する窓から、運動部の声が響く。
こんなに暑い中、良く練習できるなぁ...
青春だなぁ...

暑さで頭がやられているのか、そんな事を考え、
図書室の開き戸を開けた。

入って右奥にある、
木の本棚の死角に隠れた小さな書庫。
部活に所属しない図書委員の私の、秘密の場所。

...図書室に来る人が少ないのもあるけど。

でも、
ファッションにも、スポーツにも興味が無い、
友達のいない私にとって、最高の場所。

本のページをめくる音が、部屋に響く。

「はぁ...面白いなぁ...」

今読んでいる本は、
かの有名な文豪、
江戸川乱歩の作品「孤島の鬼」。

ざっくり言うと、
主人公の愛する人が殺されて、
犯人だと思われる男を探す話。

簡単すぎる説明だけど、
物語は作り込まれていて、
最後には
予想もしなかった展開が待っている名作。
何回読んでも飽きないんだよね...

「ん〜」

大きく屈伸をして、床から立ち上がる。
...少し足が痺れているが、特に気にしない。

(次は、どの本を読もうかな?)

書庫に限らず
図書室には文豪の名作から古典、
最近流行りの小説まで揃っている。
誰も来ないのが不思議なくらいだ。

ちなみに、
全ての本を読破するのが私の小さな夢である。

(あ、
これ最近流行ってる恋愛小説だ。
今度映画化もされるみたいだし、
読んでみようかな)

そう思って本を手に取っても、

(前から探してた本だ...こんな所に!)

四方を本棚に囲まれているので、
ついつい目移りして読むまで
時間がかかってしまう。

「けほっ、けほ」

上の方から本を取り、
ほこりを吸ってしまって咳き込む。
書庫、ほこりっぽいからなぁ
...後で掃除しなきゃ。

(よし、今日はこの本を読もう!)

手に取ったのは、黒岩涙香の「幽霊塔」。
名作と名高い本だけど、
どんな物語なんだろう...!

ワクワクする心を抑えて、
私がページを開こうとした時。

書庫の灰色の扉が、開いた。

...え?

「うわっ!?」

入ってきた男子が、
持っていたボールを落とす。

「ひえぇ!?」

その音に驚いて、
私も持っていた本を落としてしまった。

「あ、っ、その、
えっと、ご、ごめんなさい!」

だめだ、声が震える。

なんでこの人ここにいるの?
というかここに人くるの?
本拾わなきゃ早く書庫から出なきゃ

と、そんな事を考えて焦っていると、

「びっくりした〜、
ここに人って来るんだな!」

男子が笑った。

「え」
「お前も良くここで本読むの?」
「う、うん」

...お前"も"?

「いやあ、やられたなぁ!」

ショートの髪を掻いて、男子がまた笑う。
この人も、ここで本を読んでるのかな?
どんな本が、好きなのかな。

聞きたいことは山ほどあるけど、
口に出せない。

「俺以外にもここで本読んでる奴、
初めて見た!」

あ、やっぱりここで本、読んでるんだ...
なんか、親近感。

「あ、そうだ!」

と、男子がしゃがんでいる私に近づき、
目線を合わせて言った。

「俺、2-Bの朝谷光(アサヤヒカル)!
好きな本のジャンルは推理とミステリー!」

「わ、私、2-Dの夜山千影(ヨヤマチカゲ)です...
好きな本は、恋愛と、ミステリーです...」

私が頑張って自己紹介をすると、
また男子...朝谷さんが、笑った。

「まじ!?
じゃあこの前出た田口夏葉さんの本、読んだ?」
「あ、"鈍色の君は世界を照らす"ですよね!」
「そうそう、あれ最後やばかったよな!」
「犯人が意外で、しかも心理描写も細かくて...」

思わず、朝谷さんに向かって熱弁してしまった。

「ぁ...ごめんなさい...」

「え、なんで?」

「と、突然...熱弁してしまって...」

なんだ、と朝谷さんがため息をつく。

「?」

「俺、
周りに本のことで語れる人
いなかったからさ!
こんな所で会えてめっちゃ嬉しいし、
俺も熱弁したいから夜山さんも熱弁して!」

「へ」

変な理論だなぁ。
...でも、なんか、嬉しい。

「ゎ...分かった...」

「あ!」

「はいい!?」

効果音が付きそうな勢いで、
朝谷さんが私の持つ本を指す。

「それ、黒岩涙香の幽霊塔!」
「わ、分かるんですか!?」
「うん、名作だよなぁ...」
「これから読むのでネタバレは...」

「そりゃそうだ!」

笑う君は、
太陽に照らされたひまわりのようだった。



"それが、君との出会いだったね"

今となっては、
本当に変な出会い方だな、と思う。

でも、

本を熱弁できる友達が出来たのは、初めてだった。