それは北風の冷たい夕方だった。

出したてのダッフルコートに包まって、早番の仕事帰りに家に帰ると、部屋の前で義兄が私を待っていた。

四月に家を出てから、母親以外の家族には会っていなかったから、もう何ヶ月ぶりだろう。
懐かしいような、会いたくなかったような、複雑な気持ちになる。

「お兄ちゃんどうしたの?」

わざと普通に声をかけた。


「急にリンダの顔が見たくなってさ…元気だった?」

いつものように優しくそんな風に言うから、何だか兄のペースに引き込まれてしまうようで、ちょっとだけ怖くなる。


「なあ、部屋上がってもいい?」

とっさに彼氏と住んでるからだめだと嘘をついた。

絶対部屋に入ったら、やるつもりだろうって私にはわかっていたから・・・



「ねえ、おなか空いてない?ご飯食べに行こうよ。」

そうやってごまかして、私はいつもの喫茶店に義兄を誘った。


そんなときに急にメールの着メロがなって、ああエイジからだと気付く。

すぐに携帯をチェックすると、今夜行きたいという内容だったので、私は初めて今日は予定があるからダメだと断った。

彼からのメールって聞かれて、そうだよって思わず嘘をつく。

「彼氏ってどんな人だよ?」


「優しくて強い人だよ。」

そんな風に、曖昧に答えると、写真ないのって言われるから、思わず携帯に入っていた鉄さんの写真を見せてしまった。



お店について、適当に食べ物を頼むと義兄はタバコを取り出して勝手に吸い出している。

ハイライトの香りが鉄さんを思い出させたけれども、何だか吸う人によって印象が変わるんだなとぼんやり思う。


「なにかあったの?」

頼んだメニューが机に並べられると、私は何も話そうとしない義兄に少しづつ話しかけた。


「彼女と別れたんだ・・・」

ああそうか、それでたまっててきたのかとぼんやりと思う。っていうか、いつの間にか彼女いたんだって思った。


「又新しい人探せばいいじゃん。おにいちゃんモテるでしょう。」

義兄は背も高くて顔も悪くないし、ちゃんと大学にも行っているし、なにより女性にはとても優しかったから、いつも周りに女の子がいないことはなかった。

でもそういえば、決まった彼女がいるって話は聞いた事がなかったな・・・
私が知らなかっただけかもしれないけれど。


「俺はお前がいいんだよ・・・」

他の人に言われたならば嬉しいはずの台詞が、何だか一気に嫌悪感が走って吐き気がする。


「だから何?やらせろって言うの? もうそういうのやめたんだから私。」


ハッキリそう伝えると、そうかといって大きな溜息をつかれた。



「彼氏強そうだな・・・」

そういわれて、そうだよって話す。

「お兄ちゃんの事ばれたら、きっと殴られるよ。」


だからもうこないでねって念を押すと、そうかって難しそうな顔をして笑った。



「なんかゴメンな、今まで・・・もういい加減大人にならなきゃな、俺ももう大学卒業だしな。」

義兄はもう有名な企業に就職が決まっていると聞いた、来年度からは新社会人だ。


しばらく2人で、もくもくと食事を取ると、食べ終わった後に「もう帰るわ」といって、久しぶりに奢ってもらった。