「…なんでそんなに楽しそうに木南先生の話が出来るんですか? 早瀬先生、元々は脳外にいたって聞きました。外科に転科したのは、木南先生が関係しているからなんですよね? 木南先生に腹が立たないんですか?」

 疑問をそのまま投げかけると、早瀬先生はフッとさっきまでの笑顔を消した。

 「…腹なんて立つわけがない。立てる資格がない。私は、木南先生の事を尊敬しています。昔から今でも、彼女は私の憧れの対象です」

 早瀬先生は、悲しそうとも悔しそうにも見える、何とも形容し難い表情をしながら、視線を床に落とした。

 「…木南先生と、何かあったんですか?」

 突っ込んだ事を訪ねるのは良くない様な気がしたが、『別に何もないよ』などと適当にはぐらかす事も出来たオレの質問に誠実に答えてしまった早瀬先生に、『へぇー、そうだったんですねー』なんて気のない返事をして流す事が、何となく出来なかった。

 「…それは、この病院で働いている殆どの人間が知っている事だから、気になるなら誰かに聞いて。聞かなくても自然に耳にするとは思うけどね。…自分の口からはちょっと…言いたくないんだ。ごめんね」

 早瀬先生は『もうこれ以上は話したくない』とばかりに『お疲れ様です』という言葉を置いて、外科の方へ歩いて行った。

 早瀬先生があんな顔をするのだから、本当は知られたくない話なのだろう事は分かっているのに、何てオレはいやらしい人間なのだろう。

 下世話な好奇心が、オレの足をナースステーションに向かわせた。