木南先生は、早瀬先生の後ろ姿を目で追う事もなく、自動ドアの閉まる音が聞こえた瞬間に溜息に様な小さな乾いた息を『フッ』と吐いた。

 悲しいのか怒っているのか分からない、何とも形容し難い表情の木南先生。

 話し掛けて良いのか悪いのか。でもオレは研修医なわけで。オーベンの指示がないと動けない。

 「…あの。お疲れ様でした。木南先生」

 『話し掛けない』という選択肢がなかった為、当たり障りの無い挨拶をしてみる事に。

 「疲れてないよ。ほぼ見てただけだし。アンタも私の事をババア扱いするのかよ、研修医」

 心配とは裏腹に、木南先生は表情を戻してオレに絡んだ。

 「柴田です。ただの挨拶に突っかからないでくださいよ」

 なのでオレも調子を戻す。

 「あはは。ごめんごめん。もうこんな時間だねー。研修医、お昼食べておいで」

 木南先生に『こんな時間』と言われ、『どんな時間だろう』とオペ室の壁に埋め込まれた時計を見上げると15:00になろうとしていた。

 さっきまで何ともなかったのに、時間を見た途端に腹が減りだす。

 「柴田です。それじゃあ、休憩いただきますね。何食おうかな。食堂やってるかな。木南先生は何食べるんですか?」

 「私はいいや。こんな時間に食べたら、夕食をとんでもない時間に食べるハメになりそうだから」

 食べ物や食べる時間など、あまり気にしなさそうな木南先生の意外な言葉に、

 「女子っすね」

 思わず突っ込むと、

 「うるさいわ。さっさと行け!!」

 木南先生に思い切り背中を押され、オペ室を追い出された。

 木南先生を『案外可愛いとこもあるではないか』と内心笑いつつ、今にも鳴りそうなお腹を擦る。

 脳外ローテ初日から盛りだくさんで、空腹さえも充実感を感じた。