「極々一部の噂なのですが、黒棘先夜支路伯爵……当時はまだ男爵でしたが、彼だと言うのです」

えっ! 乙女が驚きの表情でミミを見る。

また黒棘先! その話が本当なら……何て怖い男なのだろう。綾鷹が発した言葉の数々は脅しでも何でもなかった。

乙女はようやく自分の置かれている状況を理解する。

「でも、どうしてミミのお祖母様はそんなに詳しく知っているの?」

「ああ」とミミがニコリと笑う。

「祖母は、黒棘先家に行儀見習いに入ったメイドの親と旧知の仲だったそうです。本来は守秘義務があるので奉公先のことは絶対に外へ漏らしません。ですが……」

奉公先の黒棘先家で、彼女はそれは酷い扱いを受けたらしい。帰省するたびに『早く十八になりたい』と涙ながらに訴えていたそうだ。

「それを親御さんは心に留めきれず、祖母に話していたそうです」

「なるほどねぇ」と乙女が頷くと、ミミがニッコリ笑う。

「その点、私は幸せです。いいご奉公先に恵まれて」
「あら、本心? そう言ってもらえて私も嬉しいわ」

乙女は笑みを返しながら「それで」と話の先を促す。

「その後、夜露卿の遺体は見つかったの?」
「いいえ、見つかっていません。未だに生死不明だそうです」

「なら」と乙女が瞳を輝かせる。

「化け物屋敷の声って、その夜露卿ということも有り得るかもね?」