だが、乙女の嫌味が綾鷹にダメージを与えるはずもない。

綾鷹は朝の爽やかさを携えた顔で、「お転婆も可愛いけど」と乙女の頭をクシャッと撫で、「ほどほどにな」とその手でポンポンとすると余裕の笑みを浮かべた。

「何をする……」の……と言いかけた乙女の言葉が止まる。
見上げた彼の顔があまりに優しかったからだ。

乙女の胸がドキンと高鳴る。どうしたのだろうと速まる鼓動に戸惑いながら綾鷹を見つめる。

「そんな目で見られたら立ち去り難くなるな」

ニヤリと笑う意地悪い笑みに、乙女はハッと我に返り慌てて二歩後退する。

乙女の様子を楽しそうに眺めていた綾鷹が、軽く指を振る。すると一台の車が音もなく脇を過ぎ停まる。

「へっ?」と乙女が驚いていると、「じゃあな」と綾鷹がその車に乗り込む。そして、下ろしたウインドウの向こうから「近々また会おう」と二本の指を立て軽く振った。

「また会う?」

乙女は車のバックボディーを見つめながらハテナを浮かべ、「またはないでしょう」と独り言ちり、渋々ながらも再び穴から屋敷に入り自室に戻った。

「――疲れた……完璧な計画だったのに……」

そして、溜息と共にベッドに倒れ込むとそのまま深い眠りについた。
今日起こったことが全て夢でありますようにと祈りながら……。