「優里…いい加減出てきなさい」

「……」

この数日、殆ど何も食べず部屋に閉じこもったままだ。優愛とも殆ど顔を合わせていない。下から聞こえてくる3人の声も、テレビの音も、外を走る車のエンジン音も、鳥の声でさえ耳に障る。全ての音という音から逃げ出したかった。そう思っているからだろうか、最近片耳の聞こえが悪い。そして尿意すらも感じられなくなっていた。顔は顔面麻痺で歪み、オムツでいなければ失禁してしまう。そして正体のわからない恐怖心と動悸に24時間苦しまされる毎日。しかしこの時はまだ精神疾患についてあまり理解されていなかった。昔を生きている年配者なら余計にそれについて理解し難いだろう。案の定祖父母が自分の病気を理解してくれる事はなかった。

「全く…こんなに酷いとは思わなかったよ。帰って来いなんて言うんじゃなかった」

その言葉を残し、祖母は階下へ降りていく。やがて足音は遠ざかっていった。

「……誰もわかってくれない…こんなに苦しいのに…っ!」

理解されない痛みがこれ程辛いとは思いもしなかった。何故皆冷たい目で自分を見るのか、何故嘲笑うのか。悔しくて悲しくて、涙が零れる。一度出たその雫は留まる事を知らず次から次へと溢れ出てくる。

「ひっく…うう…っ」

布団を被り丸くなったまま泣き続ける優里の姿を知る者はいない。先程から聞こえてくる3人の笑い声が憎い。自分は笑う事も出来ないのに。そして何よりもあの男の血を引き継いで、どんどん顔がそっくりになっていってる優愛が嫌だった。曲がりなりにも自分の子だ、3日間苦しんで産んだ我が子。愛しいに決まっている。でもそれと同時に僅かな憎しみも感じていた。優里はそんな自分が怖くて嫌悪感を抱いた。