荷物を全て運び終え、夫だった人物は帰ろうとしていた。隣に立っている優愛の目が潤んでいるのがわかる。やはりいざ別れというものを前にすると寂しいのだろう。

「じゃあな」

何も未練はないという態度を取って後ろを振り向くことなく、天井に何本もの竿を飾ってある車に乗り込む。そしてエンジンをつけて走り去った。あの車と竿には良い思い出がない。いつの日だったか優愛と3人で此処に訪れた時、帰ろうと車に乗り込んだ際に頭を竿にぶつけ竿が倒れてきたのだ。それに激怒したあの男は私を車から降ろし、腕を掴んだまま車を発車させ引きずり回された記憶がある。途中で腕が離され、数十kmもある家まで歩いて帰ったのだ。事態を飲み込めていなかった優愛が私の声に反応しドアの鍵を開けようとした時に、開けるなとすごい怒鳴り声が外まで聞こえた。優愛は勿論泣き叫び、余計にあの人が怒鳴り散らすの繰り返しだった。結局私が入れてもらえたのは数時間経った頃だったか…。

「ねえママ、遊ぼ?」

そんな思い出に耽っていると、優愛が私の手を引っ張って遊ぼうと言ってくる。しかし体はそんな事が出来る状態ではなかった。

「また今度ね」

そのまま祖父母に優愛を任せ、自室に入り布団に寝転ぶ。物凄い倦怠感や恐怖感に襲われ今にも倒れそうだったのだ。

「ばーばー…」

優愛が下で祖父母と遊んでいる声が聞こえる。その声すら耳障りで、布団の中に丸くなり、その日はそのまま夕飯も食べずに就寝した。