それから暫くして、無事に退院した優里は優愛を抱き抱え我が家に帰宅した。子供を産むことをあんなに反対していた夫も、いざ自分の娘を目の前にすると嬉しいのかそわそわしていた。

「気持ち良さそうに眠ってるな」

ニコニコしながら頬を人差し指でツンツンするその姿は、正に父親のそれだった。あの時はどうなる事かと思ったが、これから幸せな家庭が築けるだろう。そして絶対に優愛を幸せにしてみせるのだ。それが、私があの子に出来る精一杯の償いだと思うから。

しかし、異常が出始めたのはそれから数日後のことだった。

はじめは小さな焦燥感。夕飯の買い出しのために近くのスーパーの中を歩いていた時のこと。何故か心臓が変に脈打つ。特に激しい運動をしたわけでもなく、ただ歩いてるだけだ。不思議に思いながらも会計しようとレジの列に並んだ。時間が時間なのもあり、かなりの人で混雑していた。もうすぐ自分の番だ。そう思いながらふと後ろを見ると、自分の後ろに並ぶ人の行列。なんてことは無い風景。しかし、その日の自分はおかしかった。

「…ッ!」

先程からざわついていた心臓が大きく鼓動を打った。それと同時に不規則になる呼吸、そして…恐怖感。何が怖いのか、それすら理解出来ないまま優里はパニック状態に陥った。

「ハァッ、ハァッ!」

上手く酸素が気道に入っていかない。過呼吸だった。そしてそのままその場に倒れる。カゴの中に入っていた卵が割れ、辺りに散乱する。周りの人間は何事かと近付き、店員は優里を控え室まで運んだ。救急車を呼ぼうとしたその時、優里は目を覚ました。時間にしてほんの数分の出来事だった。

「あれ…私…?」

「大丈夫ですか!?いきなり倒れたんですよ!」

倒れた…?そう言えばいきなり呼吸できなくなって…そのまま…。

「救急車呼びますか?」

「あ…いえ、大丈夫です。ご迷惑おかけしました」

慌てて頭を下げる。店員は本当に大丈夫か心配した面持ちでしつこく聞いてきたが、もうあの動悸も焦燥感も、そして恐怖もなかった。何だったんだろうと不思議に思いながらも、その日優里は何事も無かったかの様に帰宅した。