~零士side~

“ホントに大人げないね(笑)”

面談を終えてふとスマホを確認すると、葵からそんなメッセージが入っていた。恐らく俺が鈴乃につけたキスマークのことを言っているのだろう。

“いい加減許してあげなよ”

どうやら、俺が過去のことでくだらないヤキモチを妬いていることも全て鈴乃から聞いているようだ。

まあ、自分でも大人げないことをしてる自覚はちゃんとある。

いくら鈴乃が他の男とキスをしたと言っても10年以上も前の話だ。しかも、事故で唇が重なっただけだというのだから。

過去の俺だったら、こんなことくらい軽く受け流していたことだろう。けれど、鈴乃のこととなるとどうもダメだ。

その男が結果的に鈴乃のファーストキスを奪ったことが許せないし、その男には二度と会って欲しくないと思ってしまう。

かと言って、同窓会に行くなとはさすがに言えず、結果、俺も一緒に行くと言ってしまったのだ。

マジで格好悪いな。
どんだけ余裕のない男なんだよと、自分でも呆れる。

面談室のパソコンに向かったまま、深くため息をもらした。

と、その瞬間。

「何か悩みごとですかあ~?」

鼻にかかったような甘ったるい声。
ハッと顔を上げると、いつの間にか目の前の席に、スタッフの橋川真奈美が腰掛けていた。

「別に。何でもないよ」

俺はできるだけ素っ気なく答える。
何故なら、彼女が要注意人物だから。

彼女は俺に気があるようで、ライバルだと認識した相手には嫌がらせをして精神的に追い詰めていくらしい。事務スタッフが長続きしないのも彼女のせいだと麻里奈が教えてくれた。

できれば辞めさせたいところだけど、それだけの理由で不当に解雇する訳にもいかず、結局、鈴乃には旧姓で働いてもらい、結婚していることも伏せてもらっている。

それしか鈴乃を守る手段が思いつかなかった。

とにかく彼女には冷たい態度で突き放し、向こうから諦めてくれるのを待っているのだけど、まるで効果なく。

「橋川さん。何か用なの?」

と、露骨に嫌な顔を見せても、

「はい。お昼休憩なので社長の顔を見に来ました~」

と、全くめげない。

もうこうなれば、彼女が飛びつきそうなハイスペックな男でも差し出すしかなさそうだ。

「ねえ、橋川さん。今度、橋川さんに俺の友達紹介してあげようか? IT系の社長してる奴がいるんだけどさ、橋川さんみたいな子、タイプみたいだから」

にっこり笑ってそう言うと、彼女は少し考え込んだ。

「え~合コンですかあ? うーん、まあ、村瀬社長とプライベートで飲めるならいいですよ~? こっちも女の子集めておきますね。それじゃ、そういうことで。そろそろお昼食べてきま~す」と、浮かれた様子で出て行った。

は? 合コン?
それは想定外だった。

まったく厄介なことになったもんだ。
悩みの種が増えて、更に頭が重くなった。


……


「ただいま」

マンションの玄関を開けると、先に帰っていた鈴乃がバタバタと走ってきた。

「零士さん、お帰りなさい」

鈴乃は俺の機嫌を窺うように、恐る恐る見上げる。

さすがに鈴乃のそんな顔を見たら、どんなに拗ねていようとも俺は抱きしめてしまう。

「鈴乃……ごめんな。俺が大人げなかった」

彼女の腰に手を回し、自分の胸へと抱きよせる。

「もう怒ってない?」

「初めから怒ってはないよ……いじけてただけ」

「でも、昨日………すごく激しかった」

「ごめん。どうしても嫉妬を抑えられなくて……鈴乃は何も悪くないから」

俺がそこまで言うと、鈴乃はようやくホッとした顔を見せた。

「ああ、よかった。やっぱりメロンパン買いに行って正解だった。麻里奈さんがね、零士さんの機嫌を治すにはメロンパンが一番だって言ってたの思い出して。お昼に零士さんの机に置いておいたの分かった?」

鈴乃がにっこりと笑みを浮かべた。

「ああ………うん。美味しかったよ。ありがとな」

別にメロンパンで機嫌を直した訳ではないし、俺はそこまで単純ではないのだけど……まあ、いいか。鈴乃が嬉しそうに笑ってるから。

もう何でもいい。
鈴乃をギュッと抱きしめる。

すると、鈴乃がハッとしたように俺を見上げた。

「あっ……そうだ。零士さんに確かめようと思ってたんだった」

「ん? どうかしたの?」

すると、鈴乃が途端に浮かない顔をした。

「うん。実は橋川さんから聞いたんだけどね……零士さん、合コンに行くってホント?」

「えっ!」

一気に形勢逆転。

橋川~!!
おまえ何てことを鈴乃に言ってくれるんだよ、と心の中で
恨み言を呟く。

「やっぱり……ホントなんだ」

鈴乃がボソッと呟いた。

「あ、いや、違う、違うからな?」

慌てて首を振る俺を、鈴乃はちょっと泣きそうになりながら見つめていた。