~鈴乃side~

「鈴乃ちゃん……そのキスマーク、どうしたの?」

お昼休みにフラリとやって来た葵さんが、私の首筋を見て目を丸くした。

「あっ……やっぱり分かります?」

髪も下ろしたし、ファンデーションで誤魔化したつもりだったけど、やっぱりダメだったようだ。

結婚して半年。
零士さんがこんなに目立つ場所にまでキスマークをつけたのは初めてだ。

しかも、一つや二つどころの騒ぎじゃない。

「もしかして、なんかあった?」

葵さんの問いかけに、私は重くため息をつきながら、昨夜の一部始終を打ち明けた。


…………


ことの発端は、私のスマホにかかってきた一本の電話だった。

相手は高校のクラスメイトだった高津くん。
生徒会長なんかもしていて、根暗だった私にも気軽に声をかけてくれた人だった。

内容はクラス会の連絡だったのだけど、実家の電話に出た兄が私の電話番号を教えたのだそうだ。

『いつも不参加のハガキが送られてくるから、今回は直接誘おうと思ってね』という彼の言葉で、今までは兄が勝手に断っていたのだと気づかされた。

てっきり、誘われないのはクラスから存在自体を忘れられているせいだと思っていたから、ちょっと嬉しかった。

零士さんも行ってくればと頷いてくれて、その場で参加の返事をしたのだけど、その時に高津くんが余計なひと言を放ったのだ。

『いや~良かった。実は俺さ。仙道さんがいつも来てくれないのは、俺とキスしちゃったせいなのかなって、ちょっと気になってたからさ』

『へ……』

もちろんスピーカーになっていたので、零士さんの耳にもしっかりと届いてしまった。

『ちょっ、ちょっと待って! 違う! 違うから!』

零士さんの方を向いて、私は全力で否定したのだけど、私の言葉に納得したのは高津くんの方で。

『そっか。違うなら良かった。じゃあ、今度の土曜日、仙道さんに会うのを楽しみにしてるから』

と、彼は厄介な爆弾を投下したまま電話を切った。

その後、訪れたのは恐ろしい沈黙だ。

何とか早く誤解を解かなければと思っても、焦って上手く言葉がでない。

「ち、違うの、零士さん……キスっていうのはね」

「別に言い訳なんてしなくていいよ。過去のことだし、俺も聞きたくないし」

と、話はどんどん拗れていく。

「いや、そうじゃないの! 私達、図書室でぶつかっちゃってね、それで口と口とが」

「鈴乃」

「え?」

「悪いけど、もう黙って」

零士さんはそう言うと、私の口を荒っぽくキスで塞いだ。

私はあっという間に服を剥ぎ取られ、ソファーの上で零士さんに組み敷かれた。

そこからの記憶はあまりない。
激しい行為だったということは、体中に残された赤い斑点が物語っていた。


……



「なるほどね。それで零士はその同級生との仲を誤解したままなんだ? 本当はただ転んでキスしちゃっただけなのに」

葵さんは、面談に出ている零士さんの椅子に腰かけて、呆れたように笑う。

「一応ちゃんと話したんですよ。でも、ずっと機嫌が治らなくて。土曜日もお店についてくるようなこと言ってるし」

「そうなの!?」

「葵さん、助けて下さい」

「いや。ごめん。こればっかりはムリだわ。って言うか、とばっちりを受けないうちに、俺もう帰るね」

「えっ、ちょっと葵さん!!」

「まあ、きっと行けば気がすむんじゃない? ただのヤキモチなんだから」

と、そんないい加減な言葉を残して、葵さんは逃げるように事務室を出て行った。