「おかえり、零士! 鈴乃さん、見つかった?」

先に帰っていた麻里奈が、ソファーから立ち上がる。

「いや、ダメだった」

俺は首を振りながら、向かいのソファーに腰を下ろした。
当てもなく探すのにも限界があった。

時刻は夜の11時。
もう鈴乃の消灯時間だ。

「そっか」

「明日の朝、会社の前で待ち伏せしてみるよ。今日はもう、鈴乃もどこかのホテルに泊まってるだろうし」

「そうね。会社の前で待ってれば確実に会えるものね」

麻里奈は納得したように頷くと、ようやくソファーへと腰を落とした。

「で? 麻里奈の方はどうだったんだ? 兄貴と上手くいったのか?」

俺の質問に麻里奈の頰がまっ赤に染まる。

「そうか。良かったな」

「まだ、何も言ってないじゃない」

「顔見れば分かるよ。すぐにでも仙台に来いって言われたんだろ? ストーカーが心配だからって」

「ま、まあ……そんな感じだけど」
 
麻里奈が照れながら頷いた。
兄貴の話になると、麻里奈は別人のようにしおらしくなる。

「じゃあさ、これ、兄貴に返しといて」

俺はローテーブルの引き出しから指輪を出して、麻里奈の前に置いた。

「あっ! これ、零士が持ってたの? 英士に聞いたら、私が結婚した日にやけ酒して無くしたって言ってたけど」

麻里奈が目を丸くさせた。

「兄貴はうちでやけ酒したんだよ。本人は覚えてないだろうけど、持ってるのが辛いって泣き出してさ、麻里奈が旦那と別れるまで、おまえが預かっといてくれって渡してきたんだよ。まあ、俺も女よけにちょうどよかったから、しばらく嵌めさせて貰ってたんだけど」

「そうだったんだ」

麻里奈はポカンとしながら指輪を手に取った。
けれど、すぐにハッとした表情で顔を上げた。

「ねえ、零士、きっと鈴乃さん誤解してるよ。だって、私のこの指輪を見て悲しそうな顔してたもの。今、思えば私と零士のペアリングだと思ったのかもしれない。だから出て行ったのよ、きっと!!」

青ざめる麻里奈に、俺は力強くこう告げた。

「大丈夫。明日、鈴乃の誤解は全てといてくるから。必ず鈴乃を連れ戻してくるよ」

恐らく今回のことは、全て仕組まれたことなのだろう。
鈴乃がペアリングだと気づいたとしたら、それはきっと誰かが鈴乃にそう吹き込んでいたからだ。デザインなんて意識して見なければ分かるはずがない。

麻里奈のストーカーの件だって、俺と鈴乃を別れさせる為の罠だった筈だ。

そして、その犯人は間違いなく葵だろう。
目的は俺。

彼の部屋にあった写真が、そう教えてくれた。