「鈴乃! いるんだろ? 頼むから出てきてくれ、鈴乃!」

アパートに着き、鈴乃の部屋のドアを必死に叩いていると、隣の住人が玄関から顔を出した。

「ちょっと煩いわね、あんた! ちっとも眠れないじゃないの!!」

野太い声が廊下に響く。

一応外見は女なのだか、この人は明らかに男だろう。
最近テレビでよく見かけるおかまタレントにソックリだ。

「あっ、すいません」

顔を向けて謝ると、そのおかま、いや、彼は勢いよく部屋から飛び出してきた。

「あら、やだ、すっごいイケメンじゃないの~~! 私のタイプど真ん中だわ~!!」

そんな言葉を口にしながら、彼は俺の腕にギュッと両手でしがみついた。

なかなかの怪力だ。

「そうですか。でも俺、そっちの趣味ないんで」

掴まれた手を力尽くで剥がしながらそう返すと、彼は子供のように口を尖らせた。

「あら~、残念。まあ、いいわ。私にも彼氏がいるから。まあ、あんたみたいにカッコよくはないけどね、とにかく優しいんだから~。やす君って言うんだけどね。半月前に告られたのよ」

「それはよかったですね。じゃ、そういうことで」

クルッと背を向けると、今度は後ろから抱きついてきた。

「ちょっと待ってってば~」

「あの……そろそろいい加減にして貰えます? こっちはあんたの話に付き合ってる暇ないんですけど」

ウンザリしながら再びその手を引き剥がすと、彼は大きな顔をブルブルと横に震わせた。

「違うわよ~。お隣のお嬢ちゃんのこと教えてあげようと思ったの。明け方、私が帰って来た時に会ったから」

「えっ、鈴乃に会ったんですか?」

「ええ、そうよ。隣のお嬢ちゃんね、玄関の鍵をお兄さんに付け替えられちゃったみたいでね、部屋の前で困ってたのよ。お兄さんに連絡したらって言ったんだけどね、『もう兄とは縁を切ったので』って首を振って、そのまま行っちゃったのよ~かわいそうに」

「えっ、行っちゃったって……鈴乃はどこに行ったんですか?」

「さあ~、そこまではちょっと分からないけど」

「そうですか。ありがとうございました」


この後、俺は彼女をことを探しに街中を駆け回った。

ネットカフェ、コンビニ、ファミレス、他にもありとあらゆる場所を見て回ったけれど、結局、彼女を見つけることは出来なかった。

一体、何処へ行ったんだ?
こんな時に頼れるような友達もいないだろうし……。

ふと、そこで葵の顔が浮かぶ。
まさか、あいつのとこか?

いや……鈴乃は決してそういう子じゃない。
葵が一方的にちょっかいを出しているだけで、鈴乃が俺を裏切るようなことをするなんて考え憎い。

ただ………引っかかるのは、こういうことが今回だけじゃないということ。
こうして理由も分からずに、何故か俺は付き合った子から突然別れを告げられてしまうのだ。

やはり葵が関係しているとしか思えなかった。

とりあえず、葵のところに行ってみるか。
俺は重たいため息をつながら、葵の実家へと車を向かわせたのだった。