翌日、私は会社帰りに葵さんの美容院へとやって来た。

麻里奈さんとの同居はもう限界だったから。

昨夜も、結局私は先に寝かされて、リビングでの二人の会話を盗み聞くハメに。

こんなことを続けてたら私はおかしくなる。
早くストーカー事件を解決させて、麻里奈さんに出て行ってもらおうと思ったのだ。


葵さんは私をスタッフルームへと通すと、他のスタッフ達に声をかけた。

「片付けは俺がやっとくからもう帰っていいよ」

そして、二人きりになると、葵さんの方から切り出してきた。

「鈴乃ちゃんの話ってさ、手紙のことだよね?」

「やっぱり葵さんの仕業だったんですね!!」

思わず私は大声を張り上げていた。

「どうして、あんなことしたんですか? 凄く迷惑してるんですけど!」

すると、葵さんは苦笑いを浮かべてこう答えた。

「ごめん、ごめん。麻里奈を不安がらせて俺に頼らせようと思ったんだよ。まさか零士のところに転がり込むなんて思わなかったからさ。だけど、零士も零士だよね。鈴乃ちゃんと付き合ってるのに元カノを泊めるなんてさ。よっぽど麻里奈のことが大事なんだろうね。三人で同居してるって麻里奈から聞いて、もうバカバカしくなっちゃったよ」

ふぅとため息を漏らす葵さんを、とても恨めしく思った。

「そんなこと言ってないでどうにかして下さい! このままじゃ、あの二人は」

「無理だよ。だって、あの二人両想いじゃん、いくら邪魔したって、気持ちまでは止められないよ」

葵さんの言葉がグサリと胸に突き刺さる。

「ごめんね、鈴乃ちゃん。もう俺は諦めたからさ、悪いけどこれで手を引くわ」

「葵さん」

私だって、もうこんな苦しい思いはたくさんだ。
けれど、それ以上に零士さんを失いたくない。

いくら二人が両想いだとしても、私には零士さんしかいないのだから。

私は顔を上げて、葵さんを睨んだ。

「諦めるのは葵さんの自由ですけど………その前に、麻里奈さんに手紙のことを謝ってもらえますか」

「嫌だよ。そんなことしたら、友達でさえいられなくなるじゃん、俺」

「葵さんが言わないなら、私がバラします」

「ちょっと待ってよ、鈴乃ちゃん」

葵さんが盛大にため息をつく。

「分かったよ。じゃあさ、『もう君を諦めた』っていう手紙をもう一度作るよ。それでいいよね? 今、用意するから待ってて」

葵さんはそう言って立ち上がると、奥の部屋から雑誌と便箋を持って戻ってきた。

どうやら、最初に使ったものと同じものらしい。

「じゃあ、俺が文字を切り取るから、鈴乃ちゃんはどんどん貼っていってくれるかな?」

そんなことを言われ、何故か私まで手伝うことになってしまったけれど、これで解決するのならお安い御用だ。

「はい、これでおしまいだよ」

葵さんから最後の文字を受け取り、手紙に貼り付けた瞬間だった。突然、パシャとカメラのフラッシュが光った。

「えっ?」

驚いて顔を上げると、葵さんがニヤリと笑っていた。

「はい、残念でした。しっかり撮らせてもらったから、もう俺を売るとか、バカなことは考えないでね。この写真は人質だから」

悪魔のように笑いながら、葵さんがスマホの画像をこちらに向けた。
手紙の文字までしっかりと写っているから、これじゃどう見たって私が犯人だ。

葵さんは、唖然とする私から手紙を取り上げると、丸めてゴミ箱へと投げ入れた。

「ちょっと、どうしてこんなことするんですか! この手紙をポストに入れるだけなら、葵さんが犯人だなんて分からないじゃないですか!」

「それがさ、麻里奈の家のポストは、今朝零士にカメラを仕掛けられちゃったんだよね。だから、悪いけど、しばらくはこのまま我慢してよ」

「そんな………」

「じゃあ、そういうことだから、鈴乃ちゃんは早く帰りなよ。こんなところに俺と二人きりでいたら、零士に疑われちゃうよ?」

スマホを手に、クスクスと笑う葵さん。

もうこうなったら、彼のスマホを奪うしかない。
私は立ち上がり、帰る振りをして葵さんのソファーに近づいた。

そして、スマホを持っている葵さんの手を思いきり掴んだ。

「ちょっと、鈴乃ちゃん! 何すんの」

「スマホの画像を消去するんです! 大人しく渡して下さい」

「おい、やめろって」

ソファーの上でもみ合っているうちに、私はいつの間にか葵さんを押し倒して、馬乗りの体勢になっていた。

「なんか、俺、鈴乃ちゃんに襲われてるみたいだね。キスでもしとく?」

「えっ」

思わぬ言葉にたじろいだ私を葵さんが抱き寄せた。
と、そのタイミングで、スタッフルームのドアがガチャと開けられた。

「二人とも何してるの?」

聞こえてきたのは麻里奈さんの声。
振り向くと、麻里奈さんの後ろで目を大きく見開いた零士さんの顔が見えた。