「どういうつもりだ、鈴乃! わざわざ俺の留守をねらって」

お兄ちゃんは私を納戸に放り込むと、怖ろしい顔つきで私を壁へと押さえつけた。

「言ったよな? お兄ちゃんは結婚には反対だって」

体がビクッと震える。
今までお兄ちゃんの言うことは、どんな時でも絶対だったから。

でも、零士さんだけは失いたくない。

「許して、お兄ちゃん……どうしても零士さんと結婚したいの。こんなに人を好きになったのは初めてなの。だから、お兄ちゃんも応援して」

必死に訴えかける私の頬に、お兄ちゃんの冷たい手が伸びてきた。

「鈴乃。思い出してごらんよ。今まで鈴乃がどれほど人から嫌われてきたか。皆な鈴乃に、なんて言ってたっけ?」

「そんなの………もう思い出したく……ないよ」

体がガタガタと震え出す。

“キモいから笑うなよ”
“目障りだから学校来んな!”
“早くいなくなれよ”

悪意の言葉が次々と聞こえてきて、私はその場にうずくまり耳を塞いだ。

「よく聞いて、鈴乃。あいつと結婚したってどうせ続かないよ。鈴乃は欠陥だらけの人間だからね。あいつだって鈴乃の本性を知れば、必ず嫌気がさして逃げ出すよ。鈴乃は捨てられて、死にたくなるほどの深い傷を負わされるんだ。そんなの嫌だろ? 悪いことは言わないから、あいつとの結婚は諦めるんだ。その代わり、鈴乃のそばにはずっとお兄ちゃんがいてやるから」

放心状態の私をお兄ちゃんが抱き寄せる。
私のアタマの中は真っ白で、何も考えられなくなった。

「鈴乃……二度とお兄ちゃんから離れるなよ」

お兄ちゃんが耳元で呟いた時だった。
納戸の扉がバタンと音を立てて開いた。

「あなただったんですね。鈴乃を洗脳して苦しめてきたのは」

零士さんが氷のような冷たい目をして立っていた。

「別に……可愛い妹が不幸にならないようにと、忠告してやってただけですよ」

お兄ちゃんは立ち上がって、零士さんを睨みつけた。

「妹? 違いますよね? あなたは鈴乃のことを妹としてではなく女として愛してるじゃないですか。他の男に奪われないように、鈴乃を洗脳し、狭い檻の中に閉じこめてきた。あなたのしてきたことは立派な犯罪ですよ」

「フン…おまえに何が分かるんだ。イジメで苦しんでた鈴乃を助けて、今まで支えてきてやったのはこの俺だ。鈴乃は俺にしか守れないんだよ。おまえになんか渡すものか!おまえとの結婚なんか絶対に認めてやらないからな!」

お兄ちゃんは声を荒げながら、零士さんの胸ぐらに掴みかかった。

「お兄ちゃん、やめて!」

慌ててお兄ちゃんを止めたけれど、お兄ちゃんの腕はピクリとも動かない。

「鈴乃、大丈夫だから離れてて」

零士さんは首を絞められた体勢のままそう言うと、お兄ちゃんの方を向いてふっと笑った。

「別にあなたに認めてもらわなくてけっこうですよ。こちらのご両親からは好きにしてくれと言われてますし、この家とも縁を切らせてもらうことになりましたから。あなたももう、気安く鈴乃なんて呼ばないで下さいね」

そして、お兄ちゃんの手を掴み、そのままギュッと捻り上げた。

「ウッ!!!」

お兄ちゃんは呻き声を上げながら、痛そうに顔を歪めた。
ちょっとビックリして目を丸くしていると、零士さんが小声で呟いた。

「大丈夫。ちゃんと手加減してるから」

私がコクンと頷くと、お兄ちゃんはドスンと床に尻もちをついた。

「鈴乃のことはちゃんと幸せにしますから。どうか諦めて下さい」

零士さんは頭を下げてそう言うと、お兄ちゃんの前から私を連れ去ったのだった。