途中、私は駅前のパン屋に入った。

零士さんの好きなメロンパンを見つけ、手を伸ばした瞬間、隣にいた女性から「あれ?」と声をかけられた。

手を止めてふと横を見ると、見覚えのある美女が私を見つめていた。

「あ、麻里奈さん!?」

そう。
彼女は、零士さんの幼なじみの麻里奈さんだった。

「ああ、やっぱり! 零士のとこの会員さんだった」

彼女の顔がぱあっと明るくなる。

「ど、どうも」

「えっと、何さんでしたっけ? 私もお名前教えてもらっていいですか?」

「あ、はい……仙道鈴乃といいます」
 
緊張しながら答えると、彼女は人懐こい笑みを見せた。

「じゃあ、鈴乃さんって呼ばせてもらっていいですか?」

「は、はい、どうぞ」

ハキハキとしてて、本当に羨ましいなと思った。

と、ちょうどそこで、彼女のバックの中でスマホがなった。

「ごめんなさい……鈴乃さん。私のスマホを取ってもらってもいいですか?」

「え? あっ……分かりました。ちょっと待ってて下さいね」

私は空のトレーを一旦戻してから、急いで麻里奈さんの元に戻った。

人のバックの中を漁るなんて気が引けるけれど、麻里奈さんの手が塞がっているのだから仕方がない。

「では、失礼します」

そう声をかけて、彼女のスマホを取り出したのだけど。

うそ…!?

画面に表示された名前を見てドキッとする。
零士さんからだったから。

「あ~やっぱり零士か」

麻里奈さんは分かっていたかのように呟いた。
私はハッと我に返り、通話ボタンを押して彼女の耳にスマホを当てた。

『もしもし、麻里奈?』

零士さんの声が微かに漏れ聞こえてくる。

『なによ。メロンパンならちゃんと買ってるけど』

『いや、メロンパンはいいんだけどさ、帰りにコンビニで栄養ドリンク買ってきてくんない? 俺、もうぶっ倒れそう』

『はいはい、分かりました。ホントに人使い荒いんだから。それじゃ、切るわよ』

麻里奈さんはそう言うと、私にコクンと頷いた。

私はスマホの通話ボタンを切って、再び彼女のバックにスマホを戻した。

「鈴乃さん、すいませんでした。あのバカのせいで」

「いえ。大丈夫です」

どうしよう。
上手く笑えない。

二人の親密そうな会話に打ちのめされてしまったのだ。

どうして、彼女の私には頼ってくれなかったんだろう。
嫉妬と失望感でズキズキと胸が痛み出す。

そんな私に、麻里奈さんが追い打ちをかけるように言う。

「実はさっき、私も会員になろうと思って零士のところに行ったんですけど、男探す前にまずは仕事だろって言われて、あいつの秘書にさせられちゃって」

「秘書!?」

「そう。それで、こうやってこき使われてるんですよ」

麻里奈さんは笑いながらそう言った。
言葉の割には随分楽しそうだけど。

「そうですか」

「じゃあ、そろそろ失礼しますね」

「あ、はい」

麻里奈さんは甘い香りを残して、レジへと去って行った。

何だ。
私なんて必要なかったんだ。

バカだな、私。
ひとりで何やってるんだろう。

もう、零士さんのところに行く気にもなれず、私はそのままパン屋を出た。

“嫉妬”って、こんなにも心が痛いものなんだ。

30年生きてきて、私は初めて知った。