私は都内にあるベビー用品の会社で働いている。
経理の仕事を任されていて、一日中黙々とパソコンに向かっている。

職場の同僚達も、私が対人恐怖症だと知っているから、事務連絡以外は殆ど話かけてこない。

このままずっとこの生活でもいいと思ったけど。
30歳を迎えて、やっぱり家族が欲しいと思ってしまった。

誰かの為に生きて、誰かに必要とされる生活。
そんなささやかな幸せを、手に入れてみたいと思ったのだ。

出来るのかな、私に。

と……そんなことをボンヤリ考えている余裕もなくなってきた。

とにかく今日のラッシュは殺人的だ。

車両故障の後、やっと動き出したと思ったら、ドアが開く度に奥へ奥へと押し込まれ、ついには反対側のドアへと押し付けられてしまった。

すごく苦しい。
こっちのドアはしばらく開かないと気づいてからは、酸素まで薄くなったように感じる。

心の中で悲鳴を上げていると、何故だか突然体が楽になった。

どうやら後の男の人が手をついて、私を潰さないようにしてくれているようだ。

助かった。
降りる時にでも一言お礼を言わないと。

って……上手く言えるかな、私。
途端に気が重くなる。

そうこうしているうちに私の降りる駅になり、反対側のドアが開いた。

大きな駅だから殆どの人が降りていく。
後ろにいた男性もドアに向かって歩き出していた。

とりあえず見失わないようについて行き、ホームに降りた所で後ろから声をかけた。

「あの!! 庇って下さってありがとうございました!」

よし!
お礼は言えた。
これで退散だ。

そそくさと立ち去ろうとしたその瞬間、彼の手が私を引き止めた。

「あのさ。お礼言うなら、相手の顔くらいちゃんと見ようよ」

「え?」と振り向くと、そこにいたのは見覚えのあるイケメンだった。

うわっ、この人、村瀬さんだ。

そっか。
結婚相談所は駅を挟んで反対側にあったんだった。


「すっ……すみません」

顔なんてまともに見れない。
俯いたままでいると、耳もとで村瀬さんが言った。

「あんたの場合、相手探す前にまずそこからだな」

そんな言葉を残して、村瀬さんは去って行ったのだった。