『違うよ。彼女はうちの会員さんだから』

仕事中も零士さんの言葉がずっと頭から離れなかった。

結婚の約束までしたのに、どうして私は紹介してもらえなかったのだろうか。

その理由を必死に探していた。

やっぱり、麻里奈さんに知られたくなかったからだよね。
じゃあ、どうして知られたくなかったの?

それは、

“零士さんが麻里奈さんを好きだから?”

どんなに考えてみても、そんな結論にたどり着いてしまう。

麻里奈さんの方も零士さんのことを気にしている様子だったし、二人は昔付き合っていたんじゃないかと思う。

零士さんは、別れた後も麻里奈さんのことを忘れられずに苦しんで……そんな想いを断ち切る為に私との結婚を決めた。

だから、麻里奈さんの離婚を知って心が揺れて、咄嗟に私との関係を隠してしまった。

これって、私の考え過ぎだろうか。
でも、悲しいことにその理由が一番シックリきてしまう。

昔の恋が再熱したら、私はどうなるのだろうか。
あんな綺麗な人を相手に戦える気がしない。

真実を知るのがとても恐ろしかった。



………



時刻は夜の8時。
フラつきながら会社のエレベーターに乗り込んだ。
今日は残業までしたから、心身共にクタクタだった。


「あっ、仙道さんも今帰りですか?」

途中の階から、杉田さんか乗ってきた。

「あ、はい、そうです」

昼間のことがあったから、ちょっと身構えてしまう。

すると、杉田さんがにこやかな笑みを浮かべてこう言った。

「それならちょうど良かった。仙道さん、これから何か食べに行きませんか?」

「えっ…と。二人でですか?」

「はい。もちろん。ダメですか?」

「あ……いえ、ダメっていうか」

どうしよう。
これって、倉本さんが言うように口説かれているのだろうか?

“婚約者がいるってハッキリ断った方がいいですよ”

倉本さんの言葉が浮かぶ。

そうだよね。
ここは、ちゃんと断らなきゃ。

でも……。
零士さんは本当に私の婚約者なのだろうか。
この先、私と結婚する気なんてあるのかな。

何だか急に切なくなって涙が込み上げてきた。

「え…仙道さん? もしかして僕のせいで泣かしちゃいましたか?」

杉田さんは目を丸くしながら、心配そうに私の顔を覗き込んできた。

「いえ……これは決して杉田さんのせいではなくて」

私はブルブルと首を横に振る。

と、そこでちょうどエレベーターのドアが開いた。

「あの……食事はお断りさせて下さい。ホントにすいません」

私は手で涙を拭いながら、逃げるように杉田さんの前から立ち去ったのだった。