『今、鈴乃の会社の前にいるよ。出てこれる?』

今日の零士さんからのメッセージは、ランチのお誘いだった。

零士さんは大きな婚活イベントが近づくと、なかなか休みが取れなくなる為、代わりにお昼休みを利用してこうして会いに来てくれたりする。

私はエレベーターを待ちきれず、6階から一気に階段をかけ下りた。

零士さんと会う時間はとっても貴重だから。
例え1秒でも無駄にしたくなかったのだ。

「零士さん、お待たせしました!」

息を切らしながら声をかけると、零士さんが驚いた顔で私を見た。

「こんなに慌てて来ることなかったのに。そんなに俺に会いたかった?」

零士さんは私を優しく抱き寄せながら、耳もとでクスッと笑った。

図星を突かれた恥ずかしさに思わず顔が赤くなる。

「いえ、あの……今日は仕事が忙しくて…そんなにゆっくりもしていられないので」

何言ってるんだろう、私。
仕事がたまってるのは嘘じゃないけど。
ゆっくりする気満々なのに。

これじゃ、せっかく会えたのに全てがぶち壊しだ。心の中で大きくため息をつく。

好きで好きでたまらないのに、素直に甘えられないのが今の私の最大の悩みだった。

体の関係だって…結局キス止まりのままだ。
こんなんで婚約者なんて呼べるのだろうか。

零士さんに申し訳なくて、どんどん気持ちが滅入っていく。


「そっか。じゃあ…駅前のパン屋で買ってきて、そこの公園で食べる? 天気もいいし、気持ちいいよ、きっと」

ふと見上げると、零士さんは優しく微笑んでいた。

彼はいつも、ウジウジした私の悩みを一瞬で吹き飛ばしてくれる。私を明るい太陽の下へと連れ戻してくれるのだ。

「そ、そうですね。良いかもしれないですね」

笑顔で頷くと、零士さんは私の手を握り歩き出した。


「あそこのメロンパン、激ウマだって知ってた?」

何気ない会話を始めた零士さん。
彼が物静かなタイプじゃなくて、今更ながらありがたく思う。

「はい。知ってます。何度か食べましたから。あそこは種類もいっぱいあっていいですよね」

「鈴乃にソックリなパンもあるしね」

「え? 私にソックリな…って。もしかして、アンパンマンのこと言ってます?」

「アハハ。似てるだろ」

「全然似てないです」

ジロリと横目でみると、零士さんはおかしそうにクスクスと笑っていた。

うん。
きっと、零士さんとなら大丈夫だ。

リングのなくなった零士さんの左手を、私はギュッと力強く握り返した。