その夜、村瀬さんは私を抱きしめながら、私と出会った頃の話を始めた。

私はうとうととまどろみながら、村瀬さんの言葉に耳を傾けていた。

「鈴乃のことは前から知ってたよ。電車通勤の時によく同じ車両に乗ってたから。いつも下ばかり向いてて、きっと人が苦手なんだろうなって思ってたんだけど、ある朝、鈴乃が点字ブロックに置かれてる自転車を、後から来る目の不自由な男性の為にコッソリどかしてあげてるのを見かけてさ。一気に印象が変わった。見えないところで人を思いやれる優しい子なんだなって」

「その後、鈴乃がうちに入会してきて、俺が担当することになった訳だけど……鈴乃は、今まで俺が担当した中で一番の問題児だったよ。人の顔は全く見ないし…葵のところに連れていけば大泣きするし…婚活パーティーでまさかの泥酔だしな」

村瀬さんが思い出したように小さく笑う。

「でも…鈴乃が心に深いトラウマを抱えてるんだって知って、俺が何とかしてあげたいって思ったんだよ。本来はスタッフと会員が個人的に外で会ったりしちゃいけないんだけど、鈴乃の為に規則まで破ってた。何でここまで鈴乃をほっとけないのかって自分でも不思議だったけど……河野の一件で思い知ったんだよ。俺は鈴乃のことをずっと好きだったんだって。最初から、誰にも渡す気なんてなかったんだってことを」

「頑張って変わろうとしてた鈴乃…上手くいかなくて俺の胸で泣いた鈴乃…俺を河野から必死に守ってくれようとした鈴乃…どの鈴乃も俺は愛しくてたまらなかった。愛してる。鈴乃のことを絶対幸せに……って、もう寝ちゃってるか」

村瀬さんはクスッと笑いながら、私の頰にそっと手を触れた。

「おやすみ。鈴乃」

チュッと唇に甘いキスが落とされた。

ごめんなさい。
全部聞こえてました。
でも、照れくさくって目を開けられなかったんです。

私もあなたを心から愛してますよ。

村瀬さんのぬくもりに包まれながら、私は幸せな気持ちで密かに愛の言葉を呟いたのだった。