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「それで……。結局、その村瀬さんっていう人に惚れちゃった訳ですね」

お昼休みの食堂で、それまで黙って私の話を聞いていた倉本さんが鋭い一言を放った。

「ちょ、ちょっと、待って……そんなこと私、一言も」

「いえ。仙道さん、今自分で言ってたじゃないですか。海で手を握られて、甘く見つめられて…すごくドキドキしちゃったって。それは彼に恋してる証拠です。自分だって気づいているはずですよ」

倉本さんは私を横目で見ながら、エビフライを口に入れた。

「…………はい。その通りです」

私は観念して頷いた。

ずっと気づかないフリをしていたけれど、土曜日の“デート講習”でとうとう思い知らされてしまった。

村瀬さんに対する感情の正体を。


「でも……彼って既婚者でしたよね?」

「うん」

倉本さんは大きくため息をついた。

「仙道さん。不倫は“幸せな結婚”から一番遠いいと思いますよ」

「うん。ちゃんと諦める」

と、そんな会話を交わしている途中で、青山主任が私達のテーブルへとかけよって来た。

「仙道さん、受付に河野様っていうお客様が仙道さん宛に見えてるよ」

「え? 私にですか?」

思わず聞き返してしまった。
河野様なんて、全く心当たりがなかったから。

「うん。なんか男性みたいだけど」

「そうですか…。分かりました」

私は席を立ち、食べ終わった食器を片付けると、急いで食堂を出た。


……


「こんにちは。仙道さん」

エントランスに降りてキョロキョロしていると、背後から声をかけられた。

振り向くと、どこか見覚えのある男性が立っていた。

確かこの人って。

そうだ。
この間の婚活パーティーで私が声をかけた人だ。

ハッとした私を見て、彼はホッとしたように笑った。

「良かった。僕のこと覚えていてくれたんですね」

「あっ……はい。その節はどうも」

ペコリと頭を下げながら不思議に思った。
なぜこの人は私の務めている会社を知っているのだろうか。あの日は名前と年齢しか伝えていなかったはずなのにと。

すると、彼は私の疑問に答えるかのようにこう言ったのだ。

「先週、駅であなたのことを見かけたんですよ。それでちょっと気になって、あとをつけてしまいました。もうあの結婚相談所はやめてしまったし、あなたの家や会社を調べるにはこういう方法しかなくて」

「え?」

一瞬、ゾクッと鳥肌が立った。
まさかストーカー?

いやいや。
こんな爽やかそうな人が私にそんなことするだろうか。

でも、なんかこの人ちょっと怖い気がする。
私は彼の視線から逃げるように俯いた。

すると、彼は私の耳もとでこう言ってきた。

「僕のこと、どうして諦めちゃったんですか? あの村瀬っていうスタッフと不倫してるからですか?」

「え…」

顔を上げて大きく目を見開いた私を、彼は不気味な表情で見つめていた。