けれど、翌朝の通勤電車の中で、一気に元の自分へと引き戻された。

周りの乗客達の視線を感じたからだ。

『全然似合ってないな』
『髪だけお洒落にしたって無駄なのに』
『どうせ中味は地味でつまらない女なんだろ?』

そんな風に言われている気がして、私は途中の駅で電車を降りた。

ダメだ。
やっぱり視線が怖い。

私は売店に駈け込んで、慌ててマスクを買った。
顔が少しでも隠れれば少しは落ち着くだろうと思ったから。

はあとため息をつきながら、マスクをかける。

せっかく見えてきたトンネルの出口が、急に塞がれたような気がした。


………


「仙道さ~ん。ご一緒してもいいですか~?」

会社のお昼休み、隅のテーブールで社食のうどんを食べていると、隣に倉本さんがやって来た。

「あ…うん。どうぞ」

本当は、マスクを取っている顔を見られたくなかったのだけど、さすがに嫌とも言えずに頷いた。

「仙道さん。すごいイメチェンですね。似合ってますよ」

倉本さんは席に座ると、私の顔を見ながら微笑んだ。

「ううん。似合ってる訳ないよ。自分のことは自分が一番よく分かってるから」

しまった。
思わず本音が口から出てしまった。

「あっ……ごめんね。せっかく誉めてくれたのに」

慌てて謝ると、倉本さんは箸をトレーの上に置いて、改まった顔で体ごとこちらに向けた。

「仙道さん」

「は、はい」

怒らせてしまった気がして、私も姿勢を正して返事した。

「もったいないです!」

「え?」

「仙道さんは自己評価が低すぎるんですよ! 仙道さんは誰が何と言おうと美人なんですから! その髪型だってとっても似合ってますよ!」

倉本さんは一気にそう言うと、再び箸を握りうどんをすすり始めた。

「あの……倉本さん」

「何ですか?」

「ありがとう」

「い~え」

「あの、倉本さん」

「何ですか?」

「お願いがあるんだけど……」

思わぬ形で勇気をもらった私は、倉本さんにある頼みごとをした。

「なんだ。そんなことですか? いいですよ。今日なら私、空いてますから」

「ありがとう」

にっこり笑う倉本さんの手を、私は思わず握っていた。