その夜、私は仕事帰りに、書店の雑誌コーナーへと立ち寄った。

“お洒落女子のデート服特集”
“この春のモテコーデ術”
“アラサー女子の勝負服”

そんな見出しのファションシ誌を片っ端から手に取り、レジへと向かった私。

まさか自分にこんな日が来るとは思わなかったけれど、少しはお洒落なファションというものを研究してみようという気になったのだ。


アパートに帰った私は、早速、買ってきた雑誌を開いてみた。

一通り目を通して感じたことは、どんなにお洒落な格好をしてもこの重たい黒髪には似合わないということ。

悩みに悩んだ末、私はついに決心をしたのだった。


………


翌日、私は葵さんの美容室を訪れていた。

「ホントにいいの?」

鏡の前で、葵さんが心配そうに問いかける。

「はい。お願いします」

ハッキリとそう告げると、葵さんは私の黒髪にハサミを入れた。

「前髪も切っちゃって平気かな?」

「はい」

大丈夫。
私は生まれ変わるんだ。
もう視線なんて気にしない。

シャキシャキとハサミの入る音を聞きながら、私は自分に言い聞かせるように心の中で繰り返していた。

「はい、完成。どうかな? 鈴乃ちゃん」

葵さんの声にゆっくりと顔を上げると、鏡の中に生まれ変わった私がいた。

すごい。

前髪以外は軽くすいてもらっただけなのに、私の野暮ったい顔が不思議と可愛く見える。

プロの手にかかると、こんなにも垢抜けるものなのかと感心してしまう。


「ありがとうございます。何だか、私じゃないみたいでビックリです」

素直な気持ちを口にすると、葵さんは仕上げのワックスを私の髪につけながらにっこりと笑った。

「僕もびっくりしちゃったよ。鈴乃ちゃんって、実はすごい美人さんだったんだね」

「え? いえっ…そんな!」

社交辞令だと分かっていても、褒められなれてない私はあたふたしてしまう。

そんな私の耳もとで葵さんは呟いた。

「これならお見合い相手の彼とも上手くいくんじゃない?」

「え? あ…いえ。お見合いの方は全然ダメなんです。婚活パーティーでも失敗しちゃいましたし」

「そうなの? 髪を切りに来たから、てっきりデートでもするのかと思ったけど」

「いえ、とんでもないです。だから今度、村瀬さんが個別に指導して下さることになって」

「え? 個別に指導?」

葵さんの手が止まった。

「あっ、はい。なんか、私みたいな恋愛経験の乏しい人の為の講習があるそうで」

「それって、具体的に何するの?」

葵さんは真剣な顔で訊いてきた。

「私もよく分からないんですけど……外でご飯食べたりして、模擬デートみたいなことをするらしいです」

自分で言いながら、ポッと顔が熱くなった。
いくら講習とはいえ、村瀬さんと二人で食事をするなんて、考えただけでもドキドキしてしまう。

「ふーん。そうなんだ。零士の為だったんだ」

ボソッと呟いた葵さんの顔が、ちょっと冷たかったように感じたけれど、この時の私は村瀬さんのことで頭がいっぱいだった。