「ど、ど、ど……」

どうしてうちに村瀬さんが!?と言いたかったのだけど、人間本当に驚くと声が出なくなるものらしい。

とんでもないことをしてしまったという気持ちと、どうしてこんなことになってしまったんだろうという疑問が、頭の中をグルグルと駆け巡る。

そんな私に、村瀬さんはハッキリと否定した。

「先に言っとくけど、何もないから」

「で、でも……村瀬さん、はだか……ですよね?」

色っぽい胸板がチラリと見える。
私には刺激が強すぎて直視できないけれど。

「まあ……派手に吐かれちゃったからね」

「吐かれた……。誰にですか?」

村瀬さんは黙ったまま私を見つめた。 

「え……私!?」

「そうだよ。大変だったんだからな。この酔っ払い」

ふっと笑いながら、村瀬さんが言ったのだった。


………


時刻は夜の8時。
私は小さなテーブルに、村瀬さんと向かい合って座っていた。

「あの……シャツ…冷たくないですか? 良かったらドライヤーで」

「いいよ…大丈夫だから」

立ち上がろうとした私を、村瀬さんが制止した。

「そ、そうですか。あ……あの、私……村瀬さんになんて謝ったらいいか。あの、ほんとに今日は」

おろおろしながら頭を下げる。

「いいよ仙道さん。別に怒ってないし、もう気にしなくて大丈夫だから」

村瀬さんは優しくそう言ってくれるけれど、私は自責の念でいっぱいだった。

だって私は村瀬さんに、とんだ醜態を晒してしまったのだから。


村瀬さんの話によれば、

私は婚活パーティーの途中で、ワインを飲みすぎて酔いつぶれてしまったらしい。

村瀬さんは私をタクシーに乗せて、家まで送り届けてくれたのだけど、私は玄関先で村瀬さんの胸に思いきり吐いてしまった。

村瀬さんは仕方なくうちでワイシャツを洗い、シャワーを浴びて、上半身裸のまま服が乾くのを待っていたそうなのだけど。

ベッドで寝ていた私が突然「暑い」と騒ぎだして、着ていたブラウスを脱ぎ始めてしまったそうだ。

村瀬さんは慌てて暖房を消して、私に服を着させてくれたらしいのだけど、私は村瀬さんに抱きついて、強引にベッドへと引き込んでしまったのだという。

そして、

“どうして私はこんな人間なんでしょうか!”
“結婚なんて一生できないかもしれません!”

私はそんな言葉を繰り返しながら、村瀬さんの胸の中で泣き続けたらしく。

村瀬さんはそんな私を慰めながら、ベッドで寝かしつけているうちに、いつの間にか自分まで眠ってしまったということだった。


ホントに私は、何をやってるんだろうか。
30にもなって、こんな自分が情けなくなる。

ショボンと肩を落とす私に、村瀬さんが言った。

「ひとつ仙道さんに提案があるんだけど」

え?と顔を上げると、私を真剣に見つめる村瀬さんと思いきり目が合った。

「あっ」

私は恥ずかしさのあまり、咄嗟に俯いてしまったのだけど、村瀬さんは私の顔を両手で挟み、自分の方に向けながらこう呟いた。

「仙道さん…俺で男に慣れたら?」

甘く響いたその言葉に、私の心臓はあり得ないスピードでバクバクと音を立て始めたのだった。