「すいません……ワインを頂いても宜しいですか」
ホテルのボーイさんに声をかけて、私はグラスワインを受け取った。
もうこうなったら、お酒の力を借りるしかないと思ったのだ。
よし!
これで少しは話せるかもしれない。
私は大きく深呼吸して、あるテーブルへと向かった。
「あの……順番が来るまででいいので、わっ、私とお喋りして頂けますか」
私が意を決して声をかけたのは、一番人気の女性の後ろで順番待ちをしていた男性だった。
これなら、暇つぶしに私とも話してくれるんじゃないかと思ったから。
「いいですよ」
そんな言葉が返ってきて、ホッとしながら彼と共に隣のテーブルへと移動した。
「河野雅也です。31歳です。どうぞ宜しくお願いします」
ハキハキした声で彼が言う。
マズい。
緊張してしまってなかなか顔があげられない。
どうしよう。
ワイン一杯じゃ、乗り切れそうもない。
「あの……仙道鈴乃です……さ、30歳です…すいません」
私は視線を逸らしながら小さく呟いた。
「え? 何で謝るんですか?」
「あっ……すいません」
って、また謝ってしまってる。
何やってるんだろう、私。
自分でも訳が分からない。
「あっ…別に責めてる訳じゃないですからね」
困ったように彼が笑った。
「はい」
もうヤダ。
早くこの場を抜け出したい。
「仙道さんは…休みの日は何をされてますか?」
それでも河野さんは、私に話題を振ってくれた。
「え? あ……そうですね」
どうしよう。
普通に家でテレビを見たり、本を読んだりしてるだけなんだけどな。
そんなふうに答えたら、暗いと思われるだろうか?
いや、見た目どうりだからいいのか。
なんてゴチャゴチャ考えているうちに、隣のテーブルの男性が立ち上がった。
「お待たせしました。僕はもう済みましたからどうぞ」
立ち上がった男性が河野さんに声をかけてきた。
「あっ……いや、僕は彼女と」
さすがに河野さんも私に気を遣って、断ってくれようとしたのだけれど。
「あの、大丈夫です! そういう約束だったんですから」
私は急いでテーブルを去ったのだった。
はあ…。
凄くいい人だったな。
会話なんて全く盛り上がる兆しもなかったのに、それでも私といてくれようとしたのだから。
さっきはよく見れなかったけど、どんな顔の人だったんだろう。
何だか、ちょっと気になった。
少し離れた所からこっそりと覗いてみると、河野さんは想像以上にカッコいい人だった。
うわ~。
ずいぶん無謀なことをしていたんだなあと反省する。
「すいません、ワインを頂けますか」
再びボーイさんに声をかける私。
よし、今度こそ!
一気に飲み干すと、私はフラフラと歩き出したのだった。