さとし君とは、毎週土曜日と日曜日、午後1時に空き地にある一番大きい木の下で会う約束をしていた。家族で出かけるとか他に用事があるときは、何も連絡せずに行かないことになっている。だから、時間になっても相手が来なかったら相手はその日はNOの日だってことだ。ボクらは都会の子みたいに携帯電話を持っていないし、行けばわかるんだから、それで十分だった。さとし君は平日は放課後も塾やらお稽古やらで忙しいから、休日しか遊べないらしい。ボクは、さとし君の家が、みんなと違っていて、何となく苦手だった。

あの夜に、公園に一人でいるさとし君を目撃してから、ボクは週末になっても空き地に行かなくなった。
さすがに怒ってるかすごく心配してるだろうと思って、
1ヶ月ぶりに日曜日、約束の場所に行ってみた。さとし君は木の下にいて、体育座りをしながら、空を眺めていた。
「さとし君、ずっと来れなくてゴメン。家の手伝いとか宿題たまったりしてて。」
ボクは苦しまぎれに嘘をついて、弁解した。
さとし君は困った顔で笑いながら、「ぼくも。」と言った。
「ぼくん家も、いろいろあってさ、最近はあまり来れてなかったんだ。」
久しぶりに会ったさとし君は相変わらずのほほんとしていて、ボクは安心した。
ボクたちは、トンボ集めをしようか迷ったけど、ボクが新作のゲームにハマっていることを伝えたら、それをやろうということになった。いろんな武器や冒険仲間を集めて敵と戦うRPGゲームで、技をうまく使いこなさないとすぐに負けてしまうから、あれこれ2人で戦略を練ってクリアしていった。時間を忘れるくらいとても楽しくて、気がついたらもう夕方だった。

帰り際、歩きながら、どうしようか悩んだけど、思い切ってあの日のことをさとし君に聞いてみた。
「...あのさ、だいぶ前の話だけど、夜、公園の鉄棒の前にさとし君が一人でいるのを見かけたんだけど、何かあったの?」
さとし君は、すぐに驚いた顔をして、「え、あの時、いたの?どの辺に?」と聞き返して来た。
「いや、なんか、友達と丘で天体観測してみんなで帰ってるときに、遠くに見えて、怒ってるような声が聞こえたから、何かあったのかと思って…」
ボクは、少し事実を捻じ曲げたのに罪悪感を感じながら答えた。
「そうだったんだ。うん、実は、家でつよしとケンカしてさ、あいつ、ぼくのこと意気地なしとかいつも悪口ばかり言ってくるんだけど、殴られたら嫌だし言い返せないから、腹立って一人で文句を言いに来てたんだ...。」
「そっか、それで独り言してたのかあ。」ボクは納得して言った。
「やっぱり、嫌な奴だな、つよし君って。この前の放火事件のときだって…実はボク、夜中に目が覚めてこっそり一人で神社を見に行ったんだけど、つよし君がいるのを見たんだ。絶対おもしろがって見物してたんだよ。」
しばらくしても返事がないので振り向くと、さとし君はじっと俯いていた。
「...つよしは、家で暴れて物を壊したりするときがあってさ、そういうときは、お父さんが外の物置小屋に鍵を閉めて閉じ込めるんだ。でもどうやってか、あいつはいつの間にか抜け出して、どこかに行っちゃうんだ。その日だって、そうだった…。」
さとし君は、顔を上げて、苦笑いをした。

道の途中で別れて、ボクたちはそれぞれ帰った。
家に着いて2階へ階段を登っていく途中、「あら、帰ったの?ご飯できてるわよー!」と下からお母さんの声がしたけど、ボクは無視して自分の部屋に入り、ドアを閉めると、ドアノブを握ったまま、固まった。
…動悸が、止まらなかった。
さとし君は、嘘をついている。
それか、何かを隠している。
ボクが公園でさとし君を見た、あの夜のことを聞いたとき、さとし君は一瞬目を大きく見開いて、驚いた顔をした。でもあれは驚いた顔というより、恐怖に怯えた顔だった。秘密を知られて全てを失ったような、絶望的な、引きつったすがるような顔。そのあとから普通に会話はしていたけど、さとし君の声は、ずっとかすかに震えていて、明らかに動揺していた。
あんな、人が何かに怯える顔は、見たことがない。
ボクは吐き気がして、一晩中眠れなかった。