家に帰り、夕方お母さんがパートから帰ってくると、ボクはさとし君の家について何か知っているか聞いた。
「ああ、あの角にある立派なお家ね。あそこは昔から、誰も住んでないみたいよ。土地と家の所有者が遠方に引っ越したきり行方知れずになって、そのまま放置されてるんだって。」
所有者が誰かわからなくて、役所も処分に困っている空き家だという。
「ご高齢や事故で急に家主が亡くなったりして、親族も全くわからないままの空き家って、最近増えてるらしいよ〜。」
お母さんは、ダイニングテーブルに頬杖をついて一服しながら言った。
ー思い返せば、あの家に行くときは毎回緊張して気にとめていなかったけど、確かに表札もなかったし、ドア下にあった郵便ポストの蓋には、青いテープのようなものが貼ってあった気がする。
ボクはさらにお母さんに聞いた。
「お母さん、双葉学園って知ってるでしょ?ほら、ボクの友達のさとし君が通ってる、小学校から高校まで英才教育してるところ。」
お母さんは首をかしげて、「そんな学校、知らないよ。この辺から交通機関を使って通える小学校に、そんな名前のはないな〜。そもそも一貫校なんて、もっと都心の方にいかないとないよ。」といったので、ボクは怒って咳き込みながら訴えた。
「さとし君っていう、双葉学園に通ってる友達がいるって、前からお母さんに言ってたじゃん!」
「ああ、いつも週末一緒に遊んでるっていう子のこと?あんたがパソコンでいつもやってるインターネットゲームだかの遠くにいるお友達のことかと思ってたよ。あ、お米炊けそう。ちゃちゃっと夕飯作るね。」
お母さんは、キッチンに向かいながら言った。

ボクは部屋に戻り、ベッドに腰を掛けて考え込んだ。
ーさとし君とつよし君は、いったい何者なんだ?いつもどこにいて、何をしているんだ?

夜の公園で一人誰かに叫んでいたさとし君、その日ボクが落としたキーホルダーを暴行事件の日に持っていたつよし君、さとし君が教えてくれた家の小屋にあった布団や家具と…野球バット。
ある考えがボクの脳裏にうっすら浮かんでいたが、すぐにどこかに追いやった。
違う違う違う!
ずっと前から頭の片隅にあったものを認めるのを恐れているかのように、ボクは頭を左右に思い切り振って両手で髪をかきあげ、目をぎゅっとつぶった。
「それは絶対に、違う…。」
ボクの心は、誰かに鷲掴みにされてぐちゃぐちゃに掻き回されているような、不安な気持ちで溢れて、ベッドに横に倒れこんだ。


次の日からボクは、密かに毎晩、息を潜めながら、近所や隣町の街灯の少ない暗がりの道をうろつきはじめた。