「あ、ここです。ここで大丈夫です」
「あれ、こんなに近いのかい?
過保護な兄ちゃんだねぇ」
笑う運転手さんに運賃を払おうとするも、何故か断られてしまった。
「さっきの兄ちゃんに‘釣りはいらないから’ってお代はもらってたんだよ。
こんなに近いならおじさん大儲けだ。お礼言っといてね」
なんか…もう秋庭さんに頭が上がらない…
申し訳なさすぎて、会わせる顔もない…
「お嬢ちゃん、無駄に年を重ねたおっさんの戯言だと思って聞いてくれな。
男ってのは好きな女の前では格好つけて、好きな子はこれでもかってくらい大切にしたい生き物なんだよ」
「えっ……」
「だから、次あの兄ちゃんと会ったら、‘ごめん’じゃなくて‘ありがとう’って言ってやりな。男冥利に尽きるってもんだよ。
じゃ、おっさんはこれで。また利用してね」
運転手さんの言葉に少しだけ心が軽くなった。
次…秋庭さんに会ったら…きちんとお礼を言おう。
──そんなことを考えながらアパートの階段を上っていれば…
「おい!美紅!」
聞き慣れた怒声が聞こえた。
「…悠太」
「タクシーで帰宅とはいい身分じゃねぇか!!」それに、浮気してんのか!?」
「………………」
「あ!?どうなんだよ!!」
自分の浮気は棚に上げて、何を言ってるんだろう…と思うけど逆らえば暴力が待ってる。
悠太の気に障ることは言わないほうがいい…と思って口を噤んだ。
