「ほれ美紅、乗った乗った」
「だから秋庭さん!本当に歩いて帰れますから!」
そう言うと少しだけ笑った秋庭さん。
そしてそのまま…私の額の傷にそっと触れた…
「階段で転んだ、か。
その嘘には騙されてやることにしたよ。君を守るための肩書きを持たない俺には何もしてやることができないからな。
これくらいで心の折り合いをつけさせてくれ。な」
寂しそうい言われて、これ以上は何も言えなくなってしまった。
低くて甘い声はこんな時でも健在で、私の心に染みた。
「──じゃ、おっちゃん出してくれ」
「はいよ。
兄ちゃんも気をつけてな」
「あぁ」
「秋庭さん…「おやすみ美紅、いい夢見ろよ」」
笑った秋庭さんとそこで別れた。
──「いい男だねぇ、あの兄ちゃん。イケメンだし、あれは今流行りのイケボっていうんだろう?彼氏かい?」
道中、運転手さんに聞かれた言葉に、
「そんなんじゃ…ないですよ…。私にはもったいない人です」
としか答えられなかった。
自分の秋庭さんへの気持ちは自覚してしまっている。
それでも、赤の他人の秋庭さんに迷惑をかけるわけにはいかない。
「あ、次は右で」
「はいよ」
