大切なものを選ぶこと




─美紅side─




「弘翔!」




ピアスを大量に付けた人が弘翔に殴りかかるのと同時に叫んだ。



だけど…相変わらず弘翔は涼しい顔をしていて、当たり前のように男の拳を受け止めている。





「喧嘩は買う主義なんだよ」




いつかと同じ言葉を、少しだけ笑いながら呟いた。



だけど…ここで殴り合いはマズいでしょ!!



人通り多いし、弘翔は動きづらい浴衣だし…。



そういう問題ではない気もするけど。




それに今からせっかくのお祭りなんだし騒ぎを起こすのは…そう思って弘翔を見ると、『わかってるよ』と小さな声で言われた。





「喧嘩は買う主義だが…彼女との祭りに行くという約束に免じて、俺に向けたその拳は見なかったことにしてやる」





「あぁ!?舐めてんのか!?」




男三人は怒声と共にもう一度、弘翔に殴りかかろうとした。




だけど…




「もう一度だけ言う。やめておけ」





「「「ッッ、、」」」





一瞬、私でも怖気づくような低い声。



無意識に鳥肌が立ってしまうくらいの貫禄が男たちを制した。





「俺の兄貴は過保護でな…今ここで騒ぎを起こせば俺は祭りに行けなくなるし、お前たちは半殺しにされる。双方にとっていいことないだろう?」





「なっ、なに言ってやがる…!」





「ん?聞いたことないか?『秋庭の若頭の後ろには悪魔のようなブラコンが付いてる』ってな」




弘翔の纏う雰囲気が和らいだ。



ここで騒ぎを起こす気は本当にないらしい。




弘翔の言葉に呆然とした表情を浮かべた三人。




そのうちの一人が蚊の鳴くような声で『せ、芹沢…蓮…』と呟いた。





「あ、あんた…さっきからいったい何をッッ…!!」




「芹沢さんのこと…知ってんのか…!?」




「いっ、いや、待てよ…噂だろ!?芹沢蓮なんて男は存在しないって…ッッ」





可愛そうなくらい声が震えている。



チラリと弘翔を伺えば、神妙な表情を浮かべつつ…必死で笑いを噛み殺している。



ポーカーフェイスっぽいけど私ならわかる。これは絶対に楽しんでいる…。




男たちの会話から察するに、蓮さんは伝説上の人物だと思われているらしい。



まぁ…そう思われているのも分からなくはない…。



実際に会うまでは私もヤバい人だと思っていたし、実際にあった今は別の意味でヤバい人だと思っているから。





「おいおい、人の兄貴の事を空想上の人物かなにかと勘違いしてくれるなよ」





「「「なッ!!」」」




今度こそ三人の声が裏返った。





「あっあんた…ッッ!」





「秋庭弘翔。秋庭組六代目若頭を襲名している」





「「「…………」」」





「お見知りおきをとは言わないが…
言ったろ?無知は身を滅ぼすことになるぞ」