「以前イタリアに行った際、一カ月ほど本場のバリスタにご教授いただいたことがありまして」
だから少々、コーヒーを淹れるのは得意なんですよ。
え、これって少々ってレベルなのかな…。というかイタリア…。
前に弘翔のアパートで飲んだ紅茶はお兄さんがイギリスで買ってきたものだって言ってた気がする…。
「あ…美紅さん、最初に言っとくけど、蓮さんって本当に現実の人ですか!?っていうくらいハイスペックな人だからね」
「得意なのはコーヒーだけじゃないだろ…」
そうそう、と葵ちゃんが頷いている。
「フランス、イタリア、中国の本場仕込みで料理はプロ並み、アメリカまで行ってバーテンの仕事完璧に身につけて帰って来るし…国内で大人しくしてるかと思えばいつの間にか日本酒ソムリエの資格とってたり…」
「それが全部、弘兄のためってところがさすが蓮さんだよね~」
ちなみに蓮さんって10か国語以上話せるし、東大主席で卒業してるから…
「本物の天才だよ」
葵ちゃんと弘翔の言葉に開いた口が塞がらない。
お兄さんが否定しない所を見ると、今二人が言ったことは全部事実なのだろう。
でも一寸の疑う余地のなく納得できた。
普通の人じゃないことは見た目と雰囲気とオーラが十分に物語っている。
東大と京大出身の兄弟って…。弘翔が頭いい理由が何となくわかった気がした。
「あぁ、そうでした…弘翔、これお土産です」
「ありがとう。今回はドイツだったか?」
「はい。どこに行くか決めていなかったんですが、空港で無性にビールが飲みたくなったのでドイツに」
「相変わらずだな…」
「途中でカクテルを飲みたい気分になったのでシンガポールまで足を延ばしてから帰ってきましたよ」
「シンガポール・スリング…か。前にもポルトガル行くって言ってたのにいきなりスコッチが飲みたくなったとかでスコットランド行ってたよな…」
足を延ばすって距離じゃないだろ。
で、これは?
「ケルシュとシュヴァルツビールです。三年ほど前に買ってきた時に美味しいと言っていたでしょ。こっちがヴァイツェンですね。女性でも飲みやすいかと」
いきなり会話を振られて驚きながらもお兄さんの方に視線を移す。
「楓さんにと思って買ってきたんですが、あの方に飲みやすさ云々は野暮だと失念しておりましたので。嫌いでなければ飲んでみてください」
そう言われ、慌てて言ったお礼は声が裏返った。
───初対面の時と違って今日は確かに私を認識してくれているし、気にかけてくれている。
だけど…なんだろうこの違和感…。
おそらく、私だけがこの違和感を覚えている。そして…この違和感の正体がこの人の本質なんだろう。
「兄貴」
貰ったビールを冷蔵庫に入れて戻って来た弘翔が声を掛けると、お兄さんは小さく口角を上げてから私に視線を移した。
「では、改めまして。
芹沢蓮(せりざわれん)と申します」
………え?
芹沢…?
「言ったでしょう、思慮の浅い女性は好ましくありませんよ」
あぁ。
秋庭の本家に言った時からずっと考えていた違和感の正体が一つだけわかった。
楓さんも、桜さんも、そして葵ちゃんも…全員、この人に敬語だった。
誰も、この人と兄妹だとは言わなかった。
「答え合わせと参りましょうか。横手美紅さん」
