鍵が掛かっていたはずの書斎から出てきた男の人。
よく見れば弘翔のYシャツを着ている。
電気をつけられる雰囲気でもなく部屋は真っ暗なので顔はよく見えない。タオルを被っているから尚更だ。
だけど、雰囲気やオーラ、立ち居振る舞いがこの人が普通の人ではないことを物語っている。
「あっ、あの!」
用事が済んだらしく書斎から出てきた男性はやはり私を視界に入れることなく玄関に向かった。
呆気にとられたままではいけないと思い、大きめの声で呼んでしまった。
私に全く興味を示さなかった男性だけど流石に足を止めてくれた。
ゆっくり振り返るその動作も、歩き方も、その全て、一つ一つの所作が洗練されていて…美しい。
不法侵入者…そんなわけがない。このマンションのセキュリティがそんなものを許すわけがない。
それに、この男性はこの部屋の間取りを把握している。
書斎の鍵を持っていて、自然にこの家に出入りできる人物。そしてそれを弘翔が許している人物。
思いつくのは一人しかいない。
この人がその人であるのか確かめたいのに、何故か聞いてはいけないことのような気がする。
私を視界に入れるとかそういう次元の問題ではなかった。この人は“無”だ。
多分…この人は私をいないものとしている。
「あのっ…」
「まさかとは思いましたが…わかりました」
「えっ?」
「私はこれで失礼致します。生憎、あなた様には興味がありませんので」
グッと喉の奥が鳴る。
私を試しているわけでも何でもない。本当にこの人は私に興味がないのだ。
淡々とした声で残酷な言葉を落とす。
だけどその声は、弘翔とは少し違った、低いけど透き通った…耳に馴染む美しい声だった。
弘翔のように甘さを孕んだ声ではないけれど、とってもいい声。思わず鳥肌がたった。
「あなたは…?」
玄関で靴を履き終えて、何事もなかったかのように出て行こうとする男性にまた声を掛けてしまった。
「近いうちにまた、お会いすることになると思いますよ」
結局、男性は私がした質問には一切答えてくれなかった。
秋庭蓮。弘翔が敬愛し、自他共に認めるブラコン。秋庭の人たちが口を揃えて『すごい人』だという人物。
今目の前にいるのが、その人であるはずなのに…。
『あぁ…そうでした』思い出したかのように呟いた男性は、
「これ、弘翔に処分するよう言っておいてください」
と紙袋を渡してきた。
何だろう…と思いつつ受けとれば、男性は何事もなかったように、何も言わず無言で出て行ってしまった。
「ッッ」
紙袋の中を見ると…そこに入っていたのは…
真っ赤に…いや、赤黒く染まった…Yシャツ。
鉄の錆びたような…血生臭い刺激臭が襲ってきた。
